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THノベルズ「車のある風景?」 [図書室]

ICを降りたところで夜が明けた。

昨日の夜は最低だった…。ちょっとした喧嘩は恋愛のスパイスかもしれないけど、昨日は完全に味付けを間違った。

「売り言葉に買い言葉」彼女の頭の中で、さっきから繰り返し流れる言葉だ。
彼には家庭があり、そのことは私も理解している。別れて欲しいなんて、思っちゃいない。でも、もう少し思いやりがあってもいいんじゃない?

*****

「美味しかったね。」

「ああ、さすがにロブションだね。パンやアミューズにも手抜きがない。個人的にはもう少し重めの赤が欲しかったけど。」

「うん、でもあまり重いのは、あたし苦手で…」

「わかってるさ、でも、あの赤もいけただろ?フランス料理だからって、フランス産にこだわることはないよ。」

「うん。」

「オーストラリアワインは、イケるんだ。サービスも良かったろ?」

「そうね、不必要にこちらを見ることもなかったし。サーブも自然だったね。」

彼はこんなときにも、決して薬指の指輪をはずすことはない。年下のくせに、自信満々だ。
料理や、ワインにも詳しいし嫌味を感じさせない。血筋の良さってこんなところで出てくるものなのかしら?

「今日はお店は休みなんだろ?じゃあ、朝まで一緒にいられるな。」

夜の女といったって、自他共に認める六本木のNo.1だ。そんな営業はしない。そういう女を、あたしはNo.1とは認めない。
でも、彼の誘いには自然にうなずいてしまう。惚れた弱みかな?

*****

きっかけなんか覚えていない。

「結局あなたは都合のいい女が欲しいだけなのよ!」

「馬鹿なこと言うな!俺が今日のためどれだけやりくりしたか!」

「そんなこと頼んでないわよ!」

立ち上がり、フルートグラスの中身を彼にぶちまけた。
こういうときは、部屋を出たほうが負けなのだ。そして、部屋を出たのはあたしだ。

*****

マンションにつくと、部屋には戻らず車庫に直行。
エンジンに火を入れた。

空冷3.6リッターのエンジン音がマンションの駐車場に響く。最近のデザインはあまり好きではない。やっぱりポルシェは964型だ。挙動の不安定さが指摘されるけど、カレラ2の蹴っ飛ばされるような加速感は代えがたい。

あら?飲酒運転かしら?
でも、エンジンをかけてしまったし、この気分ではどうせ眠れっこない。
ハイヒールを助手席に放り投げ、運転用のスニーカーに履き替える。

*****

気が付いたら、思った以上に遠くまで来てしまった。

でも、おかげで少し頭も冷えた。夏は過ぎたけど、紅葉にはまだ早いみたい。
緑のトンネルを走るのは、やっぱり気持ちがいい。紅葉のころにまた来ようかしら。

せっかく来たんだから、浅野屋でパンかって帰ろう。


隣にレクサスが止まった。大学生か?にやにや笑いながら何か叫んでいる。
女一人だと見るとこういう手合いが多くて辟易する。

窓を開けると、ミラーをこすったとかこすらないとか…
どうせ車庫入れにでも失敗したんでしょ。

無視したけど、にやにや笑いが癇に障る…

ああ、もう!「!!!!!」

つい怒鳴ってしまった。八つ当たりもいいところだ。
レクサスの大学生(?)はお化けでも見たように、驚いた顔で逃げて行った。
いけない、いけない、つい地が出ちゃった。

あたしともあろうものが…

助手席に放り投げてあったバッグから、携帯電話を取り出す。
彼からのメールを見て、返信を完了。喧嘩両成敗だ、お互いに謝って一件落着。

さあ、帰ってひと眠りしよう。寝不足はお肌の大敵だ。

*****

レクサスの中で興奮冷めやらぬ男が二人、大声で叫んでいた。

「ふざけんなよ!お前のせいだろ!」

「だって、ポルシェに女がひとりだぜ。お前だって賛成したじゃないか。」

「いい女と思ったのにな…」

「まさか、オ○マとはな…」



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こんにちは、THです。

先週も※ありがたく読ませて頂きました。
はい、ブライアンーホークや、○田兄弟は嫌いです。スポーツですから、相手に対する敬意が不可欠だと思っています。

さて、今回はリクエストにお答えして、「車のある風景?」ポルシェカレラ2 ・90年型です。
最近のポルシェも、まあ、悪くないですが、個人的にはギョロ目、出っ歯のデザインが好きです。もちろん、フルタイム4WDより、RRで。

いかがでしたでしょうか?

はい、今後とも精進いたします…
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【寄贈本】車のある風景 ダイハツ コペン -ヌコ文庫- [図書室]


9月後半の土曜日、そろそろ秋を感じさせる色合いを増してきた湖西道路を、フルオープンのコペンが軽快に南下していく。
長身を折りたたむようにしてコペンのシートに収まっている男の髪を揺らせて、琵琶湖を渡る風が吹き抜けていく。
男の名は山田次郎。
長身で、すらりとした体型、2シーターのコペンをフルオープンで転がす姿を見ると、そこにはあまり生活臭は感じられないが、これでも二人の子持ちパパである。今年で34歳になる。
助手席には、世間一般で言うところの「美人」が座っている。
この美人が、次郎の妻だ。
二人を乗せたコペンが通り過ぎると、映画のワンシーンのようで、道行く人が振り返って見たりするので、次郎はちょっと得意げである。
しかし、そんな見た目とは裏腹に、妻にはコペンの評判は良くない。
先ずは、注目を浴びすぎる。もっとも、これは彼女が美人だからでもあるのだが。
子供がいるのに二人しか乗れない。おまけに、狭いし、荷物もあまり積めない。
そんなわけで、普段家族で乗る時は、ミニバンに乗っているのだが、今日はそのミニバンを車検に出してしまったため、仕方なくコペンで走る事になった。
今日は、妻を実家に送り届けることになっている。
子供達は、既に昨晩からおじいちゃんとおばちゃんのところへ泊まり込んでいる。
そろそろ市内に入ろうというところで、頬杖をついて不機嫌な顔をしていた妻が言う。
「天井閉めてよ」
オープンで走っていると目立つので、コペンに乗ると妻はあまり機嫌が良くないのだ。
郊外はオープンで走っても許してもらえるが、街中に入る前にはいつもルーフは閉じなければならない。
「はいはい」
次郎はルーフを閉じるスイッチを押す。
アクティブトップと呼ばれる電動ルーフが後方から上がってきて、二人の上に降りてくる。
20秒ほどで、コペンはルーフ付きの2シーターに早変わりだ。
実家に妻を送り届けて、次郎は再びアクティブトップをオープンにする。
次郎は、これから友人に会うことになっている。
妻にもそう伝えていて、今日は少し遅くなるとも言った。
もっとも、その友人が、女性だと言うことは妻には伝えていないが。


女性と待ち合わせた京都駅で、和風の洒落た喫茶店に入る。
彼女は次郎より少し年上で小学生の子供がいるが、小柄で色白、少女のような瞳をきらきらさせて、コロコロとよく笑う。
長身の次郎と並ぶと、親子ほど身長差がある。
二人が席に案内されて一息つく暇もなく、次郎の携帯が鳴る。白いiPhoneだ。パネルを操作して通話状態にする。
「はいはい。えっと、東側の和風の喫茶店に居るよー。おっけー」
ほどなく、もう一人女性が現れる。
こちらは先の彼女とは対称的に、真っ黒に日焼けした健康そうな女性で、にこにこと笑顔がいい。
年齢は二人よりかなり上のようだ。
そうこうするうちに、三人の席にまた二人の独身女性がやって来る。
一人は30歳前後、活動的な雰囲気で、なかなかの美人である。
もう一人は、女性にしては長身で手も足も真っ直ぐに細く、ショートパンツが似合う二十代半ばという感じだ。
男は次郎一人、それを囲んで女性が四人。
隣の席でコーヒーを飲んでいた若い男と、反対側でしゃべくっていた主婦二人が、やっぱりイケメンはもてるんだなぁという顔で、次郎をしげしげと見ている。
五人は、実はインターネットで知り合った。
といっても、怪しいサイトの恋人募集とかではなく、とある有名な出版関係のサイトで偶然知り合ったのだ。
他にも数人同じように知り合ったメンバーがいて、よくオフ会と称して集まっているのだが、今日はたまたま次郎以外は全員女性だったというわけである。
スイーツをつつきながら、ワイワイやっていると、あっという間に時間が過ぎる。
「あ。そろそろ行かないと。ごめんね」
小柄な女性が立ち上がる。
「じゃ、私もこの後ちょっと予定があるので」
「またねー」
「じゃぁ」
次郎と、一番若いショートパンツの女性を残して、他の女性達は去っていく。
「さぁ、じゃボクたちも行こうか」
「うん」
二人は駐車場へ向かう。


3時間後、高速道路を南下したコペンは、高野山の山頂にあるとある店にやってきた。
この店も、同じようにインターネットで知り合ったメンバーがやっている店で、ちょっと有名な胡麻豆腐を作っている店だ。
車を降りた次郎は、店の裏手にセクシーなヒップラインを見せて止まっている、アウディA4アバントを見た。
店に入ると、笑顔のいい真面目そうな青年が迎えてくれる。
次郎達は、有名な胡麻豆腐を堪能し、再び高速道路を北上する。
途中、ショートパンツの女性を京都駅に降ろして、次郎は妻の実家へ向かった。
妻の実家に戻ると、子供達は庭で、季節外れの花火をやっている。
じじばばと妻もいっしょに居た。
「おかえりー!」
「ただいまー」
子供を抱き上げて妻のところへ行く。
「ただいま。これ、胡麻豆腐。美味しいよ」
「あらそう。どこで買ってきたの?」
「え、ああ、高野山」
「高野山? 随分遠くまで行ったのね。それって、いつものなんとかってグループの人?」
妻の右眉が少し上がった。
「えっと、うん、そう。その友達がどうしても胡麻豆腐を食べたいって言うんで・・・」
次郎の受け答えが説明口調で歯切れが悪くなる。
「そう。まぁいいわ、せっかくだからいただきましょう」
妻は胡麻豆腐を受け取る。
運転席にまわってコペンのルーフを閉じようとスイッチを押しかけた次郎に向かって妻が言う。
「ちょっと待って」
次郎が助手席側に立った妻を見上げると、妻は胡麻豆腐を持っていない方の空いた手で、助手席のシートから何かを拾い上げた。
妻は、拾い上げた小さな金属を月明かりにかざして次郎を見る。それは、月の光を反射してきらきらと輝いていた。
「あら、イヤリングね。どうしてこんなものが助手席に落ちてるのかしら?」
言い終えた妻の目が次郎の顔に向けられる。右の眉がさらに上がっている。
次郎は黙ってボタンを押して、閉じていくコペンのルーフに目を落としていた。ルーフが閉じるまで20秒ほど。次郎に与えられた猶予はそれだけだ。
そんな次郎を見上げるコペンの愛嬌のあるヘッドライトが、目の玉を回すようにくるりと月の光を弾いた。

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この物語はフィクションです。
実在する人物、団体等には一切関係ありません。

関係ありませんが、いつものようにモデルは居てます。

はい、今回の物語は、実はゼットンよりもエロエロで、いつも女性にはサービス満点、背が高くてカッコいい上に、美人の奥さんがいて、可愛い二人のパパであるコペン乗り、あきらんに捧ます。(^_^)v
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THノベルズ「チャレンジャー」 [図書室]

ずっと憧れだった。
壁にはポスター、試合にも通った。
プレースタイルだけでなく、トランクスのデザインさえも真似たほどだった。
(「チビには無理だ!」と、会長に一喝されたが…)

不世出のチャンピオン、キング・オブ・キングス、パウンド・フォー・パウンド…、
その男をたたえる言葉は限りない。
彼にとって目標であると同時に、はるか高い山の頂だった。
そう、その試合が決まるまでは…

*****

家庭の事情で高校進学をあきらめ、工事現場で働きだしてから2年が過ぎていた。
年の割に背の低かった彼だったが、2年たつころにはみっちりと筋肉をつけていた。童顔に加え、気持ちの優しい彼は、現場の先輩たちにもかわいがられ、日々を過ごしていた。

時折感じる、やり場のない「寂しさ」を抱えたまま。

そんなときに彼はボクシングと出会った。

その日の作業を終えた彼は、先輩に連れられ現場近くの定食屋に立ち寄る。
定食屋のテレビの中に、スポットライトを浴びたその男が立っていた。何度目かの防衛戦。青コーナーを見つめるその表情に、彼はくぎ付けとなった。

試合はあっという間に終わる。2R 1分30秒 KO。 圧倒的だった。

彼がアパート近くのジムを訪れるまでに、それほど長い時間はかからなかった。
17歳の冬の日。 チャンピオンにあこがれた一人の男が、ボクサーを志した。

*****

練習は厳しかったが、彼の心は充実していた。
仕事では決して得られない、満足感がそこには存在していた。

プロを目指す者、エクササイズを目的とした者、多くの人たちに囲まれ、一所懸命に練習を重ねた。一年が過ぎたころ、プロテストを受験。無事合格を果たした。

デビュー戦にはジムの仲間のほかに、彼にとっても意外だったが、職場の仲間が応援に駆け付けてくれた。
スポットライトに照らされ、リングに立っているという感動が彼を包み込んでいた。

2R 1分30秒 KO。くしくも彼にその道を選ばせた、あの試合と同じタイムだった。

*****

小柄ながら、その練習量と仕事に裏打ちされたハードパンチで新人王戦でも活躍。
全日本新人王こそとれなかったが、順調にランキングを駆け上がっていった。

その間、チャンピオンはチャンピオンであり続け、その名声をいよいよ確かなものにしていた。

*****

その日は唐突にやってきた。

本来であればチャンピオンに挑戦するはずだった全日本1位の挑戦者が、網膜はく離により引退を余儀なくされた。ランキング2位、3位は、試合までの期間が短すぎるとの理由で回避。

そして、彼に挑戦権が回ってきた。
あこがれの人とグローブを交える機会はもうないかもしれない、周囲の反対を押し切り、彼は挑戦を決めた。

そして、その夜。彼は部屋に貼っていたチャンピオンのポスターを、すべてはがした。

*****

試合前の予想は、圧倒的にチャンピオンの優勢を伝えていた。
老練な最強のチャンピオンと若い無謀な挑戦者。

そんな下馬評を気にすることなく、彼は黙々とトレーニングを消化していく。
あこがれ続けたあの人に、自分の120%をぶつけるために。

いや、試合が決まった、ポスターをはがしたあの日から、チャンピオンはあこがれの対象ではない。倒すべき、目の前の敵だった。

*****

リングの上では、拍手と歓声が渦巻いている。
チャンピオンを応援する垂れ幕の中に、自分の名前を見つけた。

赤コーナーのチャンピオンは、テレビで見たあの表情で彼を見つめている。
穏やかとも、厳しいともとれる独特の表情だ。

第一ラウンドのゴングと同時に、彼はリング中央へ飛び出していった。
右のグラブをチョンと合わせると、上体を低く構える独特のスタイルをとる。

ボクサータイプのチャンピオンに、ファイタースタイルの挑戦者。試合は下馬評を覆し、一進一退の攻防を見せている。

*****

そしてついに最終ラウンドのゴングが鳴った。

リングの中央に進んだ両者は、再びグローブを合わせる。
チャンピオンが一瞬、ほほ笑んだように見えた。

最終ラウンドは、壮絶な打ち合いとなり、両者ともダウンをとられた。
残り30秒。

挑戦者の右フックがチャンピオンの顎を打ち抜く。
チャンピオンは、静かに、眠るように倒れていった。

新チャンピオン誕生の瞬間だった。

*****

前チャンピオンの引退。
彼がその連絡を受けたのは、ロッカールームでの取材中だった。
彼を取り囲んだ報道陣は感想を求めたが、彼はただ、うなだれることしかできなかった。

*****

その夜、チャンピオンベルトを部屋の壁に立てかけると、押し入れにしまっていたあのポスターを再び壁に貼っていく。

ポスターを張り終えた彼は、一人ポスターに向かって深々と頭を下げた。


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こんにちは、THです。

皆さん、わかりました? 「チャンピオン」Byアリスの裏ストーリーです。
名曲ですよねぇ、訳もなく盛り上がります。
「ランナー」By爆風スランプもそうですが。

え?しらない? そんな人はすぐカラオケボックスに走ってください。

パチパチの三次会はカラオケだったのですが、いけなくて本当に残念でした。
機会があれば、またぜひ!

話がそれました。チャンピオンは名曲ですが、挑戦者はどんな人だろうと思ったのが、この話の出発です。人によってはもっとラフファイターを創造するかもしれませんね。
(誤字ではない)
でも、こっちのほうがロマンチックでしょ、いかがでしょう?

作者が内容を語るのはタブーですが(自分ルール)、これは例外ってことでお願いします。

あ、猫師匠。このパターンはいかがですか?
あうさん、CSの語りさん、たささん、けんづるさん他、いつもありがとうございます。
そろそろネタも苦しくなってきました。オマージュ系が続いております(泣)
さて、どこまで続けられるかな…

では。
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【寄贈本】車のある風景 アルファロメオ147 GTA -ヌコ文庫- [図書室]

崎坂俊介は、ちらりとカウンターの向こうの壁に掛かっている時計を見た。9時10分前だ。
約束は9時なので、もう少し時間があった。大学生の鷹野杏子とはまだ2回目のデートで、1回目は杏子の学校の帰りに最寄りの駅で待ち合わせだった。お互いの家も詳しくは知らないので、今回は駅の近くの喫茶店での待ち合わせとなった。
窓際の二人席に座ると、高校生のアルバイトか、まだ顔に幼さが残るウェイトレスが注文を取りに来た。
「ご注文は?」
「エスプレッソ」
「はい、エスプレッソをお一つでよろしいでしょうか?」
ウェイトレスは注文を伝票に書き付け、マニュアル通り復唱して戻っていく。
土曜日の朝、中途半端な時間ということもあってか、店は空いていた。モーニングのトーストをかじっている若い男と、俊介同様待ち合わせでもしているのか、紅茶のカップを前に入り口付近をうかがっている女性が居るが、ときおりカチャカチャと食器のふれ合う音が聞こえるくらいで、静かにBGMが流れていた。
俊介は、エスプレッソが出てくるまで、手持ちぶさたに通りを眺めていた。
その俊介の目に、真っ赤なハッチバックが飛び込んできた。
俊介は、特に車に詳しいわけではないが、縦長の逆三角形グリルを持った特徴のある顔つきの車は知っていた。
アルファロメオだ。
助手席のドアが開いて、SNIDELのミニスカートから伸びたすらりとした足が歩道に降り立った。
真夏の日射しを浴びて、眩しそうにシートから立ち上がったのは杏子だった。
「え、杏子ちゃん・・・?」
今日もてっきり電車で来ると思っていた俊介は、突然目の前に現れた杏子に面食らった。
向き直って助手席のドアを閉めた杏子の向こう側、今度はアルファの運転席のドアが開いて、男がルーフ越しにこちらを向いた。
レイバンのサングラスを外すと、三十歳そこそこという感じで、爽やかな笑顔を見せ杏子に二言三言声をかけた。
俗に言うイケメンという部類に入るであろうその整った顔立ちに、笑顔と白い歯が良く似合っていた。
杏子も嬉しそうに笑顔でそれに応えている。
俊介は、何か見てはいけないものを見てしまったような後ろめたさを覚えて、運ばれてきたエスプレッソに目を落としたが、気になってもう一度窓の外を見た。
心地よいエキゾーストノートを響かせて、アルファ147は見る間に遠ざかって行く。
後には手を振る杏子が残されていた。
それを見ながら俊介は、杏子が店に入ってくる前に気持ちを落ち着けようと、エスプレッソをゆっくりと一口すすった。
ドアが開いて杏子が入って来る。
「いらっしゃいませー」
ウェイトレスが明るい声で迎える。
窓際の俊介を見つけて、杏子は笑顔で近づいてきた。
「おはようございます」
2回目のデートとあって、杏子はまだ敬語だ。
「ああ、おはよう」
俊介もぎこちない笑顔で答える。
「待ちました?」
「あ、いや、まだ9時前だからね。僕も5分ほど前に来たとこだよ」
「そうですか。よかった」
ウェイトレスが注文を取りに来る。
「アールグレイ・ティーをお願いします」
ウェイトレスが立ち去るのを待って、俊介は先ほどの光景を気にしつつも杏子に話しかけた。
「えっと、今日実は車なんだ。なので、ドライブでもどうかな」
「はい。ドライブ、好きです」
杏子は嬉しそうに笑った。


俊介の運転するレガシーは琵琶湖のほとりを走っていた。助手席には杏子が座っている。
ドライブにはもってこいの秋晴れで、青い空が湖面に映えていた。
交差点で信号待ちをしていると、隣にフルオープンのコペンが止まる。
最近は多くなったとは言え、やはり日本ではまだまだ少ないこともあり、オープンカーが横に止まると誰でもつい見てしまう。
助手席の杏子も同じようにコペンの方を見ていた。
コペンでは、まるでお決まりの映画かCMのワンシーンのように、長身のイケメンがハンドルを握り、助手席にはこれまたあつらえたように、美しい女性が物憂げに頬杖をついている。
「美男美女にオープンカー、格好いいなぁ・・・」
「ねぇ。すごいですね。でも、ちょっと機嫌が悪そうですよ、美人の彼女。ふふ」
思わず呟いた俊介の顔を見て、杏子が答える。
「はは。確かにね。喧嘩でもしたのかな」
俊介も笑いながら言う。
やがて信号が青になり、コペンは軽快に走り去った。
その後、二人は海岸線をドライブし、食事をして2回目のデートを無事に終えた。
俊介の頭にはまだ朝の光景が引っ掛かっていたが、それでも杏子とのデートは楽しかった。
だが、杏子を駅まで送り届けての帰り道、俊介はまた今朝のことを考えていた。
「一体誰なんだろう、あの男は・・・」


数日後、俊介は研修のため自宅から約数十キロ北西にある隣県の研修センターに来ていた。
研修を終え、側道から国道に出ようとしている俊介のレガシーの前を、見覚えのあるサングラスの男が運転する赤いアルファが横切った。
「あの男だ!」
俊介は思わずアクセルを踏み込んで、アルファの後を追った。
信号待ちで後につける。間違いない。あの時の男が運転している。
リアには、「GTA」のエンブレムが光っていた。
デートの後で気になって調べてみたところ、この車は「アルファロメオ147」だということがわかったが、「GTA」はその中でも最上級グレードのV6 3.2Lエンジンを積むモデルだった。
アルファのV6は、官能的なエキゾーストノートを持つということで、アルファ75のV6エンジンは伝説にまでなっているらしい。
しばらく行くと、アルファは高速の入り口を登り始めた。俊介も後に続く。
ETCゲートを抜け、数分走ったところで、いきなりアルファのエンジン音が変わった。
「クォーン!!!!!」
みるみる距離が開いていく。
俊介も慌ててアクセルを踏んだが、アルファGTAに追いつくはずもなかった。
何しろ、相手は300km/hを刻んだスピードメーターを持つ車である。あっという間に赤いアルファは見えなくなった。
「くそー!」
叫んでみたがどうなるものでもなく、俊介は仕方なくそのまま高速道路を南下して、帰路についた。
数十分後、高速道路のゲートを出る頃にはそろそろ真夏の陽も傾き始めていた。
国道に降りたところで、俊介はふと思った。
「そういえば、杏子ちゃんの家この近所だったな」
最初のデートで、杏子の住んでいる場所について、大体の話は聞いていた。
特に意図があったわけではないが、杏子がどんなところに住んでいるのか多少興味もあり、少し回り道をして教えてもらった団地の中を抜けてみることにした。
思っていたより大きな団地で、沢山の一戸建てが並んでおり、いくつも通りがあった。
「こりゃちょっと無理かな、目印もなしに杏子ちゃん家を見つけるのは」
俊介は苦笑しながらも、碁盤の目になった通りをいくつか行き来した。
3本目の通りを過ぎて、次の交差点を曲がったところで、右手にある家のカーポートに、夕日を反射して赤く輝くボディが見て取れた。
「アルファだ!」
思わず俊介は叫ぶ。近づくと、見覚えのある特徴的なフロントグリルがはっきりと見えた。
俊介は、ついその赤いアルファの前で車を止め、サイドウィンドウを開けて見入ってしまった。
そこへ、いきなり玄関のドアが開いて杏子が現れた。
「あら! 坂崎さん?」
家の前に止まっている車の運転席をのぞき込みながら杏子が言う。
「え? きょ、杏子ちゃん」
「どうしたの?」
「あ、いや、今研修の帰りなんだけど、確か杏子ちゃんちここら辺だったなぁと思って走ってたら、車庫に格好いい車があったので、つい見とれてたんだよ・・・でも、まさかここが杏子ちゃん家だったなんて」
俊介は慌てて言い訳をする。
「そうなんだ。驚いたわ」
俊介は意を決して杏子に尋ねた。
「先週デートの時に、この車で送ってもらって来たよね、確か。運転してた男の人・・・誰なの?」
「え? ああ、あれね。父よ」
「ええ!? お父さん!?」
「そうなの」
「うーん。どう見ても30歳くらいにしか見えなかったけど?」
「ふふ、うちの父親ね、若く見えるのよ。あれでも40超えてるのよ」
杏子は事も無げに笑った。
「そうなんだ・・・驚いた」
「そうそう、よく言われるのよ、お兄さんとかね。おまけにこんな派手な車に乗ってるしね」
「すごいよね、アルファ。格好いいなぁ・・・あ、もちろんお父さんも格好いいけど・・・」
「あ、ダメよ。父の前でそんなこと言うと、あなたもアルファ教の信者になっちゃうわ」
「誰がアルファ教の教祖だって?」
真面目な顔で言う杏子の後から、いきなりイケメンが現れた。杏子の父親だ。
杏子は驚いて振り返る。
「お父さん!」
「あ、初めまして。僕、坂崎です!」
俊介は慌てて車を降りて頭を下げる。
「坂崎君ね。杏子の父親です。で、アルファに興味があるって?」
「はい! 格好いいですねぇ、アルファ!」
「だろ。でも、格好よりエンジン音の方がもっといいぞ。ちょっと乗ってみるか?」
「ええ? いいんですか?」
「遠慮するなって。ただし、助手席だけどな」
いつの間にか手にしたアルファのキーを顔の前でブラブラさせながら、杏子の父は嬉しそうに言った。
「お父さんったらぁ!」
「クォーン!!!!!!!!!!!!」
ふくれっ面の杏子を玄関に残して、二人を乗せたアルファGTAは、官能的なエキゾーストノートを住宅街に響き渡らせて、あっという間に見えなくなった。

おわり
-------------------------------------
この物語はフィクションです。
実在する人物、団体等には一切関係ありません。

と言いつつ、前回同様、読み終えた人はもう、ある人物が頭に浮かんでいると思いますが、はい、そうです。
この作品は、池麺なのにエロエロで、エロエロなのに笑顔が爽やかで、おまけに年齢詐称で逮捕されるんとちゃうんっていうくらい若々しく、さらにこれでもかってくらいカッコ良くレイバンのグラスにアルファレッドの147で、何処へでもマッハで参上するぜっとんに捧げます。\(^_^)/
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THノベルズ「三つの願い」 [図書室]

ついに見つけた!
これを見つけるのにかかったお金は、一億や二億では効かない。でも私はあきらめなかった。ネバーギブアップ、そしてついにあれが、そう、私の手元にやってきた!

私の美貌をもってすれば、それくらいのお金はすぐに手に入る。でも、美貌はすぐに衰えるし、この美貌は、天に与えられた私の才能だ。それを維持向上させるのは、才能を与えられた者の義務だ。

頭のいいものは勉強にすべてをかけ、身体能力にたけたものはスポーツで身を立てるだろう。そしてそのために努力を惜しまず、賞賛を手にする。

しかし、容姿だけは別物だ。容姿に磨きをかければ、賞賛よりも嫉妬と揶揄が降りかかる。なぜ?容姿だって才能の一つじゃないの。容姿を武器に財を手に入れるのは、犯罪でも何でもない。プロ野球選手のFAや、サッカー選手の海外移籍だって似たようなもんじゃない?

あたしは天に容姿という才能を与えられた。それを使って玉の輿に乗るのが、なぜいけないの?あたしはそう思って生きてきたし、それを非難する権利はだれにもない。

あたしが24歳で、あの人が70歳だから?それのどこがいけないの?選んだのはあの人よ。ならば非難はあの人に向けられるはずで、あたしじゃない。お金が目的?そうね、あの人にお金がなければ結婚なんてしやしない。あたりまえじゃない。誰が好き好んで貧乏人と結婚したがるの?

この結婚に反対する人は、所詮自分の分け前が減るのを心配しているだけでしょう?そんなの、同じ穴のむじなでしょ!

いやだ、話がそれちゃった。そうね、あたしが手に入れた物の話よね…
そう、あたしが手に入れたのは「魔法のランプ」。本物よ。だって、裏に「アラジン」って書いてある。他には…、ええっと、「ナポレオン」、「ヒトラー」、…。
どこかで聞いた名前ね?

最近では…「…エモン」。ドラえもんじゃないわね、もしそうならひらがなのはずだし。
ま、いっか。あたしの名前も書いておこっと。

*****

「ハイハイサー、ご主人さま。今度のご主人は、うら若き乙女ですな。」
「さあ、なんでもおっしゃってください、御望みを3つかなえます。」

「え?たった三つなの? アラジンはもっと頼んだはずでしょ?」

「いやあ、最近不況で組合がうるさいんですよ。」
「なので、「望みを3つ追加」というお願いもかなえられません。」

「あら、残念ね。まあいいわ、じゃあ、まず一つ目」
「あたしの美貌を、このまま保ちたいの。」

「承知しました。」
「パパラパー!」
「これであなたの美貌は保たれます。」

「ありがとう、後の二つは思いついたらお願いするわね。」

「かしこまりました、ご主人さま。」
「御用の際にはいつでもお呼びください。」

*****

あれから、20年余りが過ぎた。驚異的な美貌は、社交界でもうわさが絶えない。
残念ね、美容整形じゃなくってよ。うふふ。

でも最近気分がすぐれない。些細なことでイライラすることが多い。病院に行ってみようかしら…


「ハイハイサー、お久しぶりですね、ご主人さま。」

「今日病院に行ってきました。いったいどういうことなの?」

「はあ…」

「いつまでも若いままのはずでしょ!更年期障害って、どういうことなの?」

「いえ、ご主人さま。お望みは「容姿を保つこと」であって、「若いまま」ではありません。」
「ですから、容姿以外は年をとっていくとことになります。」

「ふざけないでよ!外見だけ若くったって意味がないでしょ!」
「このまま死んで行くなんてまっぴらよ!あの頃に戻してよ!」

「はあ…」

「あたしは死にたくないの!いい?わかった。」

「それがお望みでしたら…」

「そうよ!早くして!」

「では…、パパラパー!」

*****

気がつくと、体が軽い。うん、見た目じゃなくて体の中から若返ったのがわかる。
イライラした気分も、今はすっきり爽快だ!グッジョブ!

残った願いはどうしましょう?

まあ、後で考えることにしよう。うふふ。

*****

そして、20年が過ぎた。最近小じわが目立つし、体の線が崩れてきた。
おまけにあのイライラした感じが戻ってきた。どういうことなの?
医者の診断は想像した通り…

「ちょっと!早く出てきなさいよ!」

「ハイハイサー。ご主人さま、お久しぶりです。ご機嫌麗しゅう。」

「麗しくないわよ!どういうこと!また更年期障害よ!」

「はあ、そう申されましても、ご主人さまのお望みは「不死」ということでしたので…」

「この恰好を見てよ!すっかりおばさんじゃない!」

「ええ、でも死にません。」

「え?」

「ご命令通り、ご主人さまは死ぬことはありません。100歳、いや200歳になっても。」

「ちょっと待ってよ。いい?あたしはそんなこと願っちゃいない。」
「元気で、若いまま人生を楽しみたかっただけよ!」

「はあ、そう申されましても…。」

「もういいわよ、最後の願いよ!普通の体に戻して!」

「いえ、ご主人さまは、3つの願いを使いきっています。」

「…そんなわけないでしょ!」
頭の中で考える、ひとつ目が若いまま、二つ目が死にたくない。ほら、二つじゃない。

「いえ、その前に「あの頃に戻して」という願いがありました。」

「え?」

「あの頃に、つまりお体を24歳の時に戻しましたので、最初の願いが無効になっています。」
「そして、最後の願いで「死にたくない」と。」

「ちょ、ちょっと待って…。それじゃ…」

「ええ、普通に年はとっていきますが、永遠に死ぬことはありません。」

年をとって、醜くなっていく自分などまっぴらだ。
おばあさんになった自分など、想像したくもない!
いっそのこと…

魔人は、そんなあたしの心を読んだように付け加えた。

「あ、自殺などなさらないほうがいいですよ。」
「痛みは普通に感じますから。苦しむだけ損です。」

*****

「おい、またあのばあさんかい?」

「ああ、ここの名物ばあさんだ。若いころはきれいだったらしいがな。」

鉄格子のはまった病室の小窓から、中を覗き込みながら警備員と看護士が言葉を交わす。
「記録によると120歳だって?」

「まったく丈夫なばあさんだよ。医者によると当分死ぬことは無さそうだ。」
「すっかりぼけているが、あのランプだけは決して離そうとしないんだ。」

「ああ、「魔法のランプ」だろ。ばかばかしい。」

「いくら金持っててもああはなりたくないね。」

*****

やっと手に入れた。
だれにも渡すもんか…

-------------------------------------------------------------


こんにちは、THです。

前回「愛と…」では、ニヤリとしていただいた方が多かったようで。
作者冥利に尽きます、ウフフの麩。

今回ちょっと長くなってしまいました。ライトな感じに仕上げようと思ったのですが、
(私が)面白くなかったので、没にしました。
そんなこんなで、結局ダークになってしまいました。

後は皆さんで想像してください。

さて、皆さんはどんな願いをかなえてもらいますか? 

P.S.
猫師匠他、数人の方でしょうか?古いアニメですよね。出てこい…!
いえいえ、著作権の侵害ではなく、オマージュです。
あのアニメ、大好きでした。

P.S.2
送信エラーに気がつかず、配信が遅れてしまいました。すみません。
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【寄贈本】車のある風景 ランドクルーザー 70 -ヌコ文庫- [図書室]


奈良県から和歌山県へ南下する田舎道を、トヨタ ランドクルーザーディーゼルエンジンをガラガラいわせながら走っていた。
通称ランクルと呼ばれるランドクルーザーの中でも、70系と呼ばれるこの型は1984年のデビューで、最近のなんちゃって4WDや都会派RVと違い、本格的なヘビー系の悪路走破性能を持つ、昨今のトヨタのイメージとは違う、硬派な車である。
直列6気筒 OHC 4.2Lのディーゼルエンジンは、丈夫で長持ちで、既に十数年の歳月を経て、20万km近い走行距離を示しているが、未だに元気よくまわっている。
運転しているのは下田明40歳。助手席には彼の妻が、後席には小学生の娘と息子が乗っている。
カーステレオからは、ハマショーのバラードが流れている。
荷室には、野外用の折りたたみテーブルや椅子、ブルーシートに加え、なぜかアコースティックギターがソフトケースに入れられて積まれていた。
9月のとある土曜日の午後、晴れ渡る秋空に誘われて、明は家族を連れドライブに行こうと家を出た。
特に行き先を決めたわけでもなかったが、川遊びでもするかと前に行ったことのある和歌山を目指して県道を南へ向かう。
明は元々河内の生まれで、細かいことには拘らず、単純な上に勢いで突っ走るタイプであるが、ちょっとお節介で人情深い。エエ男である。
しばらく行くと、トラックがもの凄い勢いで走ってきた。明が退避できそうなところを見つけて、慌てて路肩車を寄せると、トラックはそのままスピードを落とさず走り去って行った。
「何をそんなに急いでんねん。危ないやっちゃなぁ」
呟きながらシフトをローに入れて、再び走り出す。すると、すぐ先で、狭い田舎道の路肩に車が見えた。後席から顔を覗かせていた娘が言う。
「父ちゃん。あの車なんか傾いてんでぇ」
「ほんまやな」
確かに、よく見ると左の車輪が路肩を超えて落ち込んでいる。
明は車を降りて、止まっている車の運転席を覗いた。
50歳半ばくらいだろうか、田舎のおばちゃんが運転席に座っていた。
「おばちゃん、どないしたん?」
「ああ。向こうからでっかいトラックが来てな。慌ててどけたら落ちてもたんよ、ここへ」
「あー、あいつか。なんかめっちゃ急いでたな、しゃーないやっちゃなぁ」
明はもう一度走り去ったトラックの方を振り返ったが、既にトラックは影も形もない。
「おばちゃん、とりあえず降りぃや」
「大丈夫かいなぁ、降りても。えらい傾いてるんやけど」
言われてみると、左側の路肩は、そのまま斜面になって数メートル下の川まで続いており、左側は両輪とも空中に浮いている。ヘタをすると河原まで転落しかねない。
「確かにな。でもまぁ、とりあえず降りるくらいは大丈夫やろ。オレがドア開けて押さえとくんで、そーっと降りて」
左に傾いているので、やたらと重くなったドアを開いて押し上げながら、明は言う。
おばちゃんは恐る恐る、這い上がるように運転席から外に出た。
「はー。寿命縮むわ、ほんまに」
「ははは。まぁ、もう大丈夫やで」
みんなで顔を見合わせて、ほっと一息つく。
「車、引っ張ってあげたら」
妻が言う。
「そうやな。よっしゃ。ほなおばちゃん、オレのランクルで引き上げたるわ。でも、その前に当て木でもせんと、車輪が浮いてたら、転がり落ちたら洒落にならんな。ちょっと待っときや、おばちゃん」
そういって明は、当て木の材料になりそうな木材を探しに、道路の反対側にある茂みに分け入って行った。
子供達も嬉しそうに後を追う。
家族総出で拾い集めてきた木材で、落ちた車の左側の車輪を支える足場を作りが始まった。
9月とはいえまだまだ残暑は厳しく、外で力仕事をしていると、あっという間に汗だくになる。
一人で足場を築くのはなかなか重労働である。
そこへ、車の止まる音がして、男が路肩をから顔を覗かせた。
レイバンのサングラスを取ると、明よりはずっと若そうなイケメンが、爽やかな笑顔を見せて声をかける。
「あのー、よかったら手伝いましょうか・・・」
明が振り返ると、路肩に赤いアルファ147が止まっている。アルファとイケメンを交互に見て、
「おう。悪いなぁ。ほなちょっと頼むわ。後輪の方へこれカマしてくれるかな」
明は片手を挙げながら言う。
そうして、その後時間はかかったが、二人はなんとか足場を築き上げた。
「よっしゃ! できたぞ!」
「できましたね!」
笑顔の青年も額に汗が噴いていた。
「ほな、オレのランクルで牽くんで、兄ちゃんすまんけど運転頼めるかぁ」
「わかりました」
ランドクルーザーに牽引ロープを付け、落ちた車のフックにロープを結ぶ。
青年はその車の運転席に乗り込む。
「ほな牽くでー!」
運転席の窓から後を見ながら明が叫ぶ。
「おっけーでーす!」
ランクルがじわじわと反対車線に動いて、左カーブの狭い道路を横切り、反対側の荒れた山肌へ進む。
普通の車ならとてもそういうわけにはいかず、逆に動けなくなってしまいそうな悪路だが、そこはランクル、高い地上高を生かして難なく斜面を走破する。青年が静かにハンドル切る。
足場を伝って、車はゆっくりと落ちた路肩を上り始めた。
やがて、すっかり引き上げられた車は、元の道路に戻った。
「よーし、やったなー!」
「やりましたね!」
明とイケメンは顔を見合わせて笑う。
「やったー! やったー!」
手伝った子供達も大喜びだ。
「ほんまに世話になったなぁ。おおきにやでぇ」
「かまへんでー。ほな気つけて帰りやー。もう落ちんようになー」
何度も頭を下げながら、おばちゃんは田舎道を去っていった。
「兄ちゃんもすまんかったな。助かったわ、ほんまに」
「いえいえ。役に立って良かったです。じゃ、私はこれで」
「おおきにやで。気つけて行ってや」
サングラスのイケメンを乗せた赤いアルファは、気持ちの良いエキゾーストノートを残して去っていった。
「カッコエエなぁ、あの人。イケメンやったねぇ」
妻が明の顔を見て言う。
「そやな。まぁ、オレよりちょっと男前かな。がははは。しかし、エエ音すんなぁあれ。さぁ、ほなオレらも行くかー」
「行こう、行こう!」
みんなでランクルに乗り込んで走り始める。
和歌山県に入ってしばらく行くと、息子が言った。
「父ちゃん。腹減った・・・」
明は時計を見る。
「おう、もうこんな時間か。おばちゃん救出にちょっと時間かかりすぎてもたなぁ」
「そやねぇ」
妻も笑いながら言う。
「しゃーないな。まぁほな、マリーナでも行って、魚でも食って帰るか。すまんなぁ、せっかく遊びに来たのに遅なってもて」
「まぁエエやん。おばちゃん喜んでたし。エエことしたら気持ちがええわ」
娘が嬉しそうに言う。
「エエこと言うなぁ、お前! さすがオレの子やな。わははは!」
「父ちゃんだけちゃうでー。父ちゃんと母ちゃんの子やでー」
今度は息子が目をくりくりさせながら笑顔で応える。
「そやなー、あははは・・・」
家族の笑い声を乗せて、陽の傾き始めた海岸線に向かうランクルは、その四角い車体をゆらゆらと揺らせながらゆっくりと小さくなって行った。

おわり

------------------------------------

夏休みも終わって新学期。
そんなわけで、夏休みの宿題の作文でーす。(^_^)

なお、この物語はフィクションです。
実在する人物、団体等には一切関係ありません。

関係はありませんが、モデルは居てます。(笑)
ということでこの物語は、家族と自然とメカと音楽をこよなく愛するナイスガイ、A.U.に捧げます。(^_^)/
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THノベルズ「愛と勇気と友情と」 [図書室]

「結局奴は俺のことなんか、友達とも何とも思っちゃいないんだ!」
男は、グラスをテーブルに叩きつけた。

はずみでこぼれた酒が、テーブルをぬらす。
男の頭上で揺れる白熱灯が影を揺らし、テーブルの水たまりに昼と夜を繰り返した。

「そんなことないよ、おれたちいい仲間じゃないか。」
明らかに飲み過ぎだ。そんな男を心配しつつ、友人は肩を抱く。
「もうそんなに飲むなよ…、体に悪いぞ…」

裏通りの酒場、ほかに客はいない。
この店だけが、彼らのオアシスだった。ここでなら、思いっきり愚痴だって言える。
アルコールの据えた匂いが、店を満たしていた。

「今日だってそうさ、結局あいつだけがおいしいところを持っていくんだ!」
「おれたちだって、頑張っただろ?違うか?」
色白の顔を朱に染め、男は叫んだ。

彼らはチームだ。足りないところを補い合い、これまでいくつものミッションをこなしてきた。
しかし、どんなミッションをこなしても、主役は「あいつ」だ。
彼ら二人はアシスタントでしかない。

「ああ、お前も、おれも頑張ったよ。それは俺たちが一番よくわかっている。」
「だから、それでいいじゃないか。」
慰める友人の言葉にも力はない。友人も自分の境遇をよくわかっているからだ。

グラスの酒をあおる。そんな飲み方はよくないことは、よくわかっている。
しかし、男には飲みたくなる時もあるのだ。

だから、友人もつい口を滑らしてしまった。

「お前はまだいいよ、あんなかわいい子に好かれているんだから…。」
「おれなんて、誰もいない…。」

男は驚いたように、友人を振り返る。

「おまえ、そんな風に思っていたのか?」
「彼女とは何にもない!それはお前だってわかっているだろう?」

「わかってるさ!だけど、お前のことを見ている人がちゃんといるんだぜ。」
「それだけでも幸せじゃないか?」

男は空になったグラスに、視線を落とした。

「そうかもしれない…。でも、彼女のことは何とも思っていないんだ…」
空になったグラスに新しい酒がつがれた。

「そうだな。お前はそういうやつだよ。」
「だから、おれはお前と一緒にいられるんだ。」

「まさかお前…」

「…その先は言わないでくれ。」

「…」

「さあ、乾杯しようぜ。俺たちの明日のために!」
友人は、本音を漏らした気恥ずかしさを隠すように、明るくグラスを掲げる。

男もそれに応えるように、グラスにおとしていた視線を友人に向けた。
「ありがとう、俺こそお前がいてくれてよかったと思っているよ。」
「これからもよろしくな。」

「ああ、こちらこそ」
二人は、友情を確かめ合うように笑みをかわすと、グラスの酒を一息で飲み干した。

「まあ、奴だって俺たちがいないと何もできないんだしな。」

「そうさ、あれで周りが見えないところがあるからな。それでピンチになるんだ。」

「さて、そろそろ帰るか。」

「ああ、明日も見回りがあるからな。」
「親父!お愛想!」




肩を組んで店を出るショク●●マンとカレー●●マンの背に、テーマソングが鳴り響く。

♪愛と勇気「だけ」が友達さ~

-----------------------------------------------------------

こんにちは、THです。

たくさんのコメントいただき、ありがとうございます。


いやあ、kkさん厳しい!今回はいかがですか?
この話は続きません(笑)
加筆訂正版は、時間をみながらゆっくり書き進めていくつもりです。
しばらくかかるかなぁ…。

前作に固有名詞をつけないのもわざとでしたが、SSだから通用したんでしょう。
これを一冊に(最初から)まとめたら、無理でしょうね。
時系列も、もう少し整理しないといけないですね。
やばい…、キャパ超えるかも…


さて、今回のSSはいかがでしたか?もちろん●●には同じ言葉が入ります。
前作っぽい導入ですから、騙されていただけましたか?

そうです、前作そのものが前振りだったのです。(というのは嘘ですが)


途中で(題名から?)ネタばれのところもありますが、にやりと笑っていただければ成功です。

これからも硬軟取り混ぜて作っていきますので、よろしくお付き合いのほど。

では。
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【寄贈本】車のある風景 アルト -ヌコ文庫- [図書室]

カーラジオからつまらないお喋りが流れていた。
「あーあ・・・いい車に乗りたいわねぇ・・・ラジオしかないなんて」
礼子が欠伸混じりに呟いた。
「なんだよ。 お前がもう大きな車はいやだって言うからこれにしたんだぜ」
宏明は不機嫌に応える。
「そりゃぁ、そう言ったけど・・・元はと言えばあなたが悪いんじゃないの。偉そうにベンツなんか乗って、いい気になって走るからよ。今時ラジオしか付いてない車なんて。おまけにビニールシートでさぁ。大体あなたは極端過ぎるのよ。ベンツから中古のオンボロ軽自動車なんて。しかもアルトのラジオだけ」
「うるせぇなぁ! ラジオだけラジオだけって。付いて無いよりましだろ! しょうがないだろう、これしか買えなかったんだから! 気に入らねぇんなら降りろよ!」
「なによ、その言い方! アンタみたいな死に損ないとこんなチンケな車に乗ってあげてるだけでも有り難いと思いなさいよ! 降りるわ! 止めて!」
宏明は車を荒っぽく路肩に寄せた。
「ああ、降りろ降りろ! もうボランティアは結構だよ!」
「ふん! バカッ!」
「パコッ!!」
思い切りドアを閉めて礼子は車を離れた。ドアが閉まる音も貧相だ。
宏明は勢い良くアルトのアクセルを踏む。
宏明は、礼子が言っていたように、以前ベンツに乗っていた。しかし、得意になって乗り回すうちに、事故を起こしてしまった。おかげで、車は壊れるわローンは残るわで、色々と大変なのだ。
もちろんその時も礼子と一緒だった訳で、普通なら礼子ともそれでおしまいになっていたところであるが、宏明がベンツを買ったのも、元はといえば礼子にも少し原因があるわけで、ちょっと宏明が可哀想になって、結局二人の関係はそのまま続いている。


宏明はこのアルトを買ったときの事を思い出していた。

『あら! 可愛い車ね!』
礼子は明るく笑った。
『ああ、俺にはこの方が似合ってる』
『そうね。いいじゃない』
『ああ、ちょっと狭いけど』
宏明も照れくさそうに笑う。
『いいわよ、車の中でテニスするわけじゃないし。ドライブ、行くんでしょう?』
『うん!』

「くそー! 何だったんだよぅ、あれは! 何が可愛い車ね、だ!」


礼子と喧嘩別れして2週間後、予定の無い日曜日。
宏明は近所の公園の横に車を止めて、家族連れや腕を組んだカップルが行き来するのを、ぼんやりと眺めながら、誰にともなく呟いた。
「なんでこんなになっちまったのかなぁ」
礼子とああやって腕を組んで歩いていた、付き合い始めた頃の事を思い出していた。あの頃はお互いに新鮮だった。最初は誰でもがそうであるように、相手のいいところばかり目につく。その頃は、小さな欠点は少しも気にならない。だが、時が経つにつれだんだんとそれが気にかかってくる。
例えば、車だってそれは同じ事だ。新車のころは一生懸命磨き上げて、わくわくしながらハンドルを握る。だが、それもせいぜい1年足らず。段々と洗車の回数が減り、最初はタオルで拭くのさえためらわれたボディはいつの間にか色あせ、平気で足でドアを閉めたりする。
人間と言うのはわがままな生き物だ。最初はどんなに素晴らしいと思った事でも、時間が立てば必ず不満を口にする。そうなるともう、どんな物でも色あせて見えて来るのだ。
「別に軽自動車だって走るのに特に不自由はないのになぁ。俺だってお前みたいなもんだな。大して見栄えがいいわけじゃないし、高性能のエンジン積んでる訳でもない。でも、でも、それなりに少しはいいとこはあるはずだよなぁ、アルト、お前どう思う?」
自分でもよく訳の分からない事を呟きながら、車の窓からぼんやりと外を眺める宏明の後ろで、聞き馴れた声がした。
「あら! 可愛い車ね!」
宏明が驚いて振り返ると、礼子が立っていた。
「え? ああ、俺にはこの方が似合ってる・・・」
不思議な事にすんなりとその言葉が出た。
「そうね。いいじゃない。」
「ああ、ちょっと狭いけど」
宏明は照れくさそうに礼子を見つめた。
「いいわよ、車の中でテニスする訳じゃないし。」
「うん。でも、ラジオしかないけど・・・」
「ふふ、ジャーン!」
礼子がポケットから小さな機器を取り出した。
「何だ、iPodかよ。一人で音楽聴きながら走ろうってのか」
「ジャジャーン!」
もう一方のポケットから取り出した機器を、シガライターにセットする。
「何だそれ?」
「トランスミッターって言うのよ。ほら、こうやってiPodをつないで、ラジオを合わせると・・・」
ラジオのスピーカーから軽快なJ-POPが流れて来た。
「お! そんなのがあるのか」
「この前インターネットで見つけたのよ。さぁ、行きましょう、ドライブ」
「うん」
助手席に座る礼子の横顔がやけに眩しくて、宏明は前を見つめたまま大きく頷きつつ、アルトのアクセルを踏み込んだ。

おわり

----------------------------------------

ということで、今回はベンツの続編みたいな話です。
ベンツとアルトというギャップだけで、大した話にはなって魔変。
オチもないし・・・。(^^;;)
ま、ちょっと夏バテということで。(笑)
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THノベルズ「終章(proposal)」 [図書室]

奴が指定してきたのは、花見でにぎわう公園だった。
こちらに気づくと、奴はポケットに手を入れたまま歩きだした。
ついて来いということか…

*****

時間通りに彼女はそのビルに到着した。
雑居ビルは人の出入りが多く、誰も彼女のことなど気にしない。
眼鏡と帽子だけでこんなに印象が変わるものなのか…

軽くドアを叩く…。返事はない。
合い鍵は問題なくその役目を果たした。

「一度だけ」というあの男の条件など、はなから信用していない。
だが、合い鍵を作る方法は、ほかに思いつかなかった。

指先に塗ったマニキュアと、結いあげた髪は指示通り。

何にも触れないように、注意深く足を運ぶ。
机の上のコンピュータ…、警官の言ったとおりスイッチは入ったままだ。

かばんから、カセットコンロの部品を取り出し、電極を排気口に差し込む。
二度、三度とスイッチを入れると、コンピュータはその動きを止めた。

本当にこんなことで?

彼女は作業を終えると、すぐに部屋を出て鍵をかける。
トイレで髪を下ろし、眼鏡をはずす。

これでいい、雑居ビルに入った「眼鏡の女」はいなくなった…

*****

「内緒の話は、にぎやかな場所に限りますよ。」
「で、原稿は読んでいただきましたよね?結論をお伺いしましょう。」
男は勝ち誇ったように言った。

「おや、顔が変わりましたね。私が帰らなければ、原稿は自動送信される。そのくらいの用心はしてますよ。」
「それに声をあげれば困るのはあなたの方ですよ。 変な考えは起こさない方がいい。」

左のポケットから封筒を取り出す。
男は右手で受け取ると、中身も見ずに内ポケットにしまう。

今だ!

肩に左手を回し、がら空きになった「のど」にこぶしを叩きこんだ。
大きく開いた口に丸めたハンカチを押し込むと、腕をねじあげる。
男の顔が、苦痛にゆがむ。

「おい、こんなところで吐くなよ。」

周りから見たら、酔っぱらいを介抱しているようにしか見えないだろう。

公園の出口はすぐそこだ。
白い車が寄ってきた。後部座席に男を放り込むと、自分も乗り込みドアを閉める。

*****

彼女からの連絡を受けると、医師は公園へと車を走らせる。
指示通り公園の出口付近に車を止めると、エンジンを切った。

地元では桜の名所として名高い公園だ。周りにも結構な台数の車が止まっている。
目立つ心配はない。

来た…

気分の悪くなった男を介抱するように、よろよろと姿を見せた。
医師は車をスタートさせると、ドアのロックを外した。

二人が車に乗り込むと、安全を確認し車をスタートさせる。
ドアは自動的にロックされた。
あとは目的地まで、安全運転を心がけるだけだ。

*****

扉のロックを確認すると、男の手足をガムテープで縛り上げる。
男は抗議するように、手足をばたつかせる。

警官は男に顔を寄せると、言い聞かせるように話しかけた。

「原稿はPCと一緒に死んでるよ、もうおしまいだ。」

男が唸り声をあげる。

「バックアップはこれからゆっくり探させてもらう。何か残ってると面倒なんでね。」
「ああ、何か言いたいことはあるか?」

「貴様ら、こんなことして只で済むと…」
警官は男の鼻をひねりあげる。

「立場が分かっていないようだな。まあ、いい。二度と会うこともない…」
「殺人となれば、貴様らもおしまいだぞ!」

ハンカチが乱暴に押し込まれた。

「殺人?これからお前は消えるんだ。あとかたもなく。」

*****

ホテルのレストランでは、彼女が硬い表情で座っている。

「待った?」

医師は彼女の前に腰を下ろすと、言った。

「全部終わったよ、もう心配することは何もない。」
「一生君を守ってみせる。だから結婚してほしい。」

*****

再開発が進む港湾地区、ショッピングセンターやホテルの華やかなネオンがきらめく。
しかしブロックが一つ違うだけで、人通りは全くない。

ドボン。

運河にかかる橋から、何かが落とされた。
プロの仕事だ、浮かんでくる心配は微塵もない。

全ての秘密を抱えたまま、それは暗い水の底に沈んで行った。

*****

新しくできたショッピングセンターのフレンチとはいえ、有名シェフのセカンド店。
へー、おしゃれなとこ、知ってるじゃない。

… 一所懸命お店を探す姿を想像する、うふふ、似合わないね。ぐるナビかしら?
まあ、努力は買いましょう。

周りを見渡すと、やっぱりカップルが多いみたい。窓際の特等席、外には夜景が広がっている。 話ってなんだろう、ドキドキする。

あ、息を弾ませ彼の登場、時間ぴったり。 ジャケットはこの間のプレゼントだ。うん、よく似合ってる。

「待った?」
「ええ、たっぷりと」

きっと100点の笑顔だ。彼の顔が赤くなる。

「普通、こういうときは女性があとから来るものよ。」
「ごめん。でも、時間ぴったりだよ…。」

ちょっといじめてちゃおう。5分前に来たのは内緒だ。

キールとビールが届いた。彼はのどが渇いていたのか、一気に飲み干す。
あーあ、アペリティフを一気飲みしちゃった…。

「えっと、食事の前に話をしたいんだけど…。」
「結婚してほしい。今すぐは無理だけど、警官もやめてお父さんの会社に入るよ。」

え?いきなり? ムードも何もあったもんじゃない。

グラスを持つ手が震える。うん、大丈夫、ばれてない。

返事の代わりに、優雅に微笑んだ(つもり)。きっと今の笑顔は120点だ。
うれしそうに笑う彼も120点の笑顔。

*****

届けられただけでも年間10万人が、それぞれの理由でその姿を消していく。

そして行方不明者は、その事件性が証明されない限り、
ほとんど捜査もされることもない。

*****

あー、おいしかった。幸せな気分だと、何を食べてもおいしいね。

「じゃあ、行こうか。」
あ、頭に何かついてる。
「ちょっと待って。」


桜の花びらだ。
一生の記念に、大切にとっておこうっと。

(了)

-----------------------------------------------------------------

こんにちは、THです。

連載もやっと終了です。皆さんお付き合いいただいて、ありがとうございました。
試行錯誤が続きましたが、無事終えることができました。

ここで発表の機会をいただいた、校長代理のけぇちゃん。サンクスです。

ずっと1,800字をキープしてきたのですが、最終回は長くなってしまいました。残念!
今回はあとがきも長めです。許してね。

一話完結、連作形式でスタートしたわけですが、後半は「続き」を意識した形にしてみました。
私としても、仲間内での読み合いではなく、作品を発表するのは初めてだったので、
必要以上に肩に力が入ってしまいました。そのせいで設定が分かりにくくなって
しまった部分もあるかと思います。その辺は後半でおさめたつもりなのですが、
いかがでしたでしょうか?
内容について作者がいろいろ書くのは、枠なので(粋じゃない)、ここでは置いておきます。

さて、前回のコメントにも書かれていましたが、この1,800字という「自分ルール」は
NBOの三連SSを意識したものです。どうですか?このくらいの分量なら、書けそ
うな気がしませんか?あちらは500字制限がありましたが、皆さんこのくらいの
文章は書いていたんですよ。SSはアイデア勝負のところもありますが、ぜひ挑戦
してみてください。

最後に、これまでコメントを寄せていただいた皆さん、ありがとうございました。
中にはほめすぎ(褒め殺し?)なものもあり、ちょっと恥ずかしいのですが…。

ただ、こうして作品を発表してみて気がついたことがあります。
「コメント」は、読者にとってはただの「コメント」です、私もそうでした。で
も、書き手にとっては、「応援」なんですね。たとえそれが厳しいコメントだっ
たとしても。XXさんが何度も書いていたことの意味が、ほんの少し、わかったよ
うな気がしています。

せっかく久しぶりに書いた原稿なので、時間ができたら加筆訂正して、
別の形にしてもいいかなと、また無謀なことを考えています。

ということで、あとがきも含め、長々とお付き合いありがとうございました。
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【寄贈本】車のある風景 メルツェデス ベンツ -ヌコ文庫- [図書室]

「もしもし。宏明?」
通話ボタンを押すと礼子の声が耳に飛び込んできた。
今日これから礼子とドライブに行く事になっていた宏明は、礼子が待ちきれなくなって催促の電話を掛けてきたのかと思った。
「ああ、そんなに慌てるなよ。もうすぐ迎えに行くから」
だが、礼子の返事はタバコに火をつけようとしていた宏明の手を止めた。
「違うの。今日の約束キャンセルしたいの・・・」
「え? 急用かい?」
「ええ、まあ・・・」
礼子は言葉を濁した。それで宏明にはピンときた。
「お前まさか」
「なによ」
礼子の語気が強くなった。
「訳を言えよ、訳を!」
宏明の声もトーンが高くなる。
「いいじゃないの別に」
「よかないよ! はっきり言えよ!」
「解ったわよ! 健司が外車を買ったからそれでドライブに行くのよ!」
「くそっ、やっぱりそんなことか!」
「じゃあね」
電話が切れた。
「くそー! 外車がなんだってんだ!」
宏明は危うく床に叩きつけそうになった携帯をかろうじてジーンズのポケットにねじ込んだ。
「ちきしょうー!! 俺も外車を買ってやる!!」


「もしもし。礼子か?」
一か月後、宏明は礼子に電話をしていた。
「あら、宏明・・・なんなの?」
礼子の声は不機嫌だった。
「健司とはその後どうだい?」
「ああ、健司・・・どうってことないわ。彼、あれから車売っちゃったのよ」
「へぇ、そうかい。あいつのこったからどうせローンでも払えなくなったんだろう?」
礼子は答えなかった。
「へへ、そんなとこか。まあいいや、じゃぁ、今あいてるか?」
「え? まぁ・・・」
「ドライブに連れてってやるよ。お前の好きな外車でな」
「え? 外車?」
「ああ、待ってろよ、今から行くから」
ためらっている礼子にお構い無しに宏明は携帯を閉じた。


「パッパッパー!!」
けたたましくクラクションが鳴った。
礼子が窓から覗くと、タバコをふかして運転席にふんぞりかえっている宏明が見えた。あまり気乗りはしなかったが、多少の後ろめたさもあってしかたなくドアを出た。
「おう。どうだ! ベンツだぜ、ベンツ! 中古だけどよ」
宏明は上機嫌のようだ。
「さて、何処へ行く?」
礼子が助手席に座ると、宏明が尋ねる。
「何処でも」
「そうか、よし、取りあえず飯でも食いに行くか」
車は荒々しく走りだした。
「へへ、どうだい気分は? やっぱりベンツは最高だぜ。」
宏明は得意げにアクセルを踏み込む。
「そんなに飛ばしちゃ危ないわよ」
「気にするなって。なにしろ俺たちゃベンツに乗ってるんだぜ。こんなに気分のいいもんだとは思わなかったよ」
「パパパッ!」
クラクションを鳴らして車の列に割り込む。
「ちょっと!」
「どうだい、これに乗ってると何したって平気さ。誰も文句は言わない。ベンツ様様だよ。みんな道を譲ってくれる。無敵だよ、無敵。何でも勝てるぜー!」
確かに、狭い道で対向車に出会っても、相手が慌ててバックしたり、止まって待ってくれる。
ベンツというのはやはり、一般の人にはあまり近づきたくない車のようだ。
しばらく走ると、二人の乗ったベンツの前に軽自動車が現れた。
宏明は躊躇せずその軽自動車も追い越す。
その時礼子が叫ぶ。
「あ!」
脇道からトラックが飛び出してきたのが目に入った。
「うわ!」
宏明は思わず急ブレーキをかけつつハンドルを切った。
「グワシャ!」
「イテテテ・・・だ、大丈夫か、礼子!?」
「バカ! もう!」
電柱とディープキスをしたベンツのドアを開けながら礼子が言う。
「無敵のベンツも、さすがにアンタの馬鹿さ加減と電柱には勝てなかったみたいね」
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