THノベルズ 「いつも通り」 [図書室]
「もう、何時も出しっぱなし、脱ぎっぱなしなんだから!」
絵梨が頬を膨らませる。
「ごめん、ごめん、気をつけるよ。」
「だめよ、何回言ったらわかるの?集めて洗濯するのは、あたしなんだから!」
絵梨が椅子の背に投げかけたワイシャツを手に、洗面所へむかう。
毎朝繰り返される会話を終え、リビングから出ていく絵梨の背を見つめた。
読みかけの新聞を開いたまま、視線をキッチンカウンターへ向ける。
「もうすぐ高校生だよ。」
語りかける先には、絵美子の笑顔がある。
しかしその笑顔は、言葉を発することはない。
あれから10年。黄緑色の木製の写真立てに入った、永遠の35歳の笑顔がそこにあった。
*****
「こんなにだらしないんじゃ、お嫁さんの来てもないわよ。」
「じゃあ、先に出るわね。戸締りよろしく。」
「行ってらっしゃい。」
土曜日だというのに、朝から練習だ。中学生活最後の大会ということで、気合が入っている。来月の地区大会では「応援に来るな」と言われた。私が行くと、負けるジンクスがあるそうだ。こちらとしては、ぜひ行きたいところだが後で恨まれても困る。
洗い物を済ませ(といっても食洗機に入れるだけだが)、ベランダで煙草に火をつける。煙を吐き出しながら、彼女のことを考えた…
*****
彼女とは取引先のゴルフコンペで知り合った。一年前の話だ。
取引先親会社の企画部長。その経歴には似合わず、非常に穏やかな物腰が印象的だった。
ゴルフというスポーツは、麻雀と同じくらいに人間性が出る。一日一緒にいれば、よいところも悪いところも一目瞭然というのが、持論だ。
10月末にしては穏やかな秋晴れの中、接待であることを忘れるほど楽しいコンペだった。
そして翌週から、彼女との交際がスタートした。
*****
絵梨の大会が終わった。約束通り試合場には足を運ばず、結果は彼女からのメールで知った。残念ながら準決勝で優勝チームとあたり、3位で終えたそうだ。
翌日の日曜日。親子二人の「お疲れさん会」では興奮冷めやらぬ絵梨が、準決勝での試合の様子を詳しく話してくれた。
「…だから、あの小手は絶対入っていたのよ!ちゃんと審判が見ていてくれたら、流れが変わったのに…。」
副将で出場した絵梨が大将戦に望みをつないだものの、結局本数差での敗戦が決まった。
優勝候補だった相手にぎりぎりの試合をしたことで、ある程度満足はしているようだ。
帰宅後、部屋着に着替えたリビングで、彼女に切り出した。
「…実は、絵梨に会ってほしい人がいる。」
一瞬表情を硬くした絵梨は、先を促した。
「どんな人なの?」
私が彼女との出会い、人となりを話す間、絵梨は黙って聞いていた。
「もう、プロポーズはしたの?」
「いや、まだだ。」
「どうして?私のせい?」
「私がいやだって言ったらどうするつもりだったの?」
私は心をこめて言った。
彼女へのプロポーズを待ったのは、絵梨とお母さんに報告してからという自分のけじめであること。絵梨が嫌だといった場合でも、プロポーズするつもりであること。もちろんその場合は、絵梨の気持ちが変わるまで待ってもらうつもりであること。
「まあ、もちろん断られる可能性もあるけどね。」
「でも、自分の気持ちは変わらない、それはお母さんを忘れたわけでも、絵梨の気持ちをないがしろにするものでもない。」
「…わかった。でも、あたしはその人を知らないの。それじゃ判断なんてできないわ。」
「まず、その人に会わせて。」
*****
翌週、私は彼女にプロポーズした。
彼女の条件はたったひとつ。絵梨に会ってから返事をするというものだった。
*****
彼女と絵梨はすぐに打ち解けたようだった。
自己紹介を終えてから、二人の表情がだんだんと柔らかくなっていくのがわかる。
「…じゃあ、ここでお返事させていただきます。絵梨さん、お父さんと結婚してもいい?」
「うちのお父さん、外ではおしゃれで通っているらしいけど、家ではワイシャツも脱ぎっぱなしですよ。そんなだらしない人で良いんですか?」
からかうように話す絵梨の表情は、明るい。
「ええ、それは結婚してから直してもらうわ。絵梨さんも協力してね。」
*****
バレンタインを翌週に控え、残業を終えて帰宅すると家の電気は消えていた。
高等部に進学の決まった絵梨は、もう寝ているらしい。
起こさないようにシャワーを浴び、ビールの栓を抜く。
4月の入学式のころには三人の生活が始まる。
「おっと、いけない。」
うっかりとランドリーボックスに入れてしまったワイシャツを手に、リビングに戻る。
いつも通りに、ワイシャツを椅子の背に掛ける。
絵梨の怒った顔を思い浮かべながら、部屋のドアに「おやすみ」と声をかけた。
------------------------------------------------------------------------
こんにちは、THです。
先週とは打って変わって、ほんわかホームドラマに挑戦してみました。
そろそろネタ切れです…、いやあ、困ったもんだ。
こうしてみると、週刊誌の連載って本当にすごいなと感心してしまいます。
先週もコメントありがとうございます。
そういえば「ドラ○もん」にも「もしもボックス」で似たような話があったのを
コメントを読んで思い出しました。
確かのび太が「みんな消えちゃえ!」って叫ぶんでしたね。あの時はドラ○もん
が助けてくれたんでしたっけ。
リレー企画も進行中です。お楽しみに。
さて、来週のネタ探し、ネタ探し。
絵梨が頬を膨らませる。
「ごめん、ごめん、気をつけるよ。」
「だめよ、何回言ったらわかるの?集めて洗濯するのは、あたしなんだから!」
絵梨が椅子の背に投げかけたワイシャツを手に、洗面所へむかう。
毎朝繰り返される会話を終え、リビングから出ていく絵梨の背を見つめた。
読みかけの新聞を開いたまま、視線をキッチンカウンターへ向ける。
「もうすぐ高校生だよ。」
語りかける先には、絵美子の笑顔がある。
しかしその笑顔は、言葉を発することはない。
あれから10年。黄緑色の木製の写真立てに入った、永遠の35歳の笑顔がそこにあった。
*****
「こんなにだらしないんじゃ、お嫁さんの来てもないわよ。」
「じゃあ、先に出るわね。戸締りよろしく。」
「行ってらっしゃい。」
土曜日だというのに、朝から練習だ。中学生活最後の大会ということで、気合が入っている。来月の地区大会では「応援に来るな」と言われた。私が行くと、負けるジンクスがあるそうだ。こちらとしては、ぜひ行きたいところだが後で恨まれても困る。
洗い物を済ませ(といっても食洗機に入れるだけだが)、ベランダで煙草に火をつける。煙を吐き出しながら、彼女のことを考えた…
*****
彼女とは取引先のゴルフコンペで知り合った。一年前の話だ。
取引先親会社の企画部長。その経歴には似合わず、非常に穏やかな物腰が印象的だった。
ゴルフというスポーツは、麻雀と同じくらいに人間性が出る。一日一緒にいれば、よいところも悪いところも一目瞭然というのが、持論だ。
10月末にしては穏やかな秋晴れの中、接待であることを忘れるほど楽しいコンペだった。
そして翌週から、彼女との交際がスタートした。
*****
絵梨の大会が終わった。約束通り試合場には足を運ばず、結果は彼女からのメールで知った。残念ながら準決勝で優勝チームとあたり、3位で終えたそうだ。
翌日の日曜日。親子二人の「お疲れさん会」では興奮冷めやらぬ絵梨が、準決勝での試合の様子を詳しく話してくれた。
「…だから、あの小手は絶対入っていたのよ!ちゃんと審判が見ていてくれたら、流れが変わったのに…。」
副将で出場した絵梨が大将戦に望みをつないだものの、結局本数差での敗戦が決まった。
優勝候補だった相手にぎりぎりの試合をしたことで、ある程度満足はしているようだ。
帰宅後、部屋着に着替えたリビングで、彼女に切り出した。
「…実は、絵梨に会ってほしい人がいる。」
一瞬表情を硬くした絵梨は、先を促した。
「どんな人なの?」
私が彼女との出会い、人となりを話す間、絵梨は黙って聞いていた。
「もう、プロポーズはしたの?」
「いや、まだだ。」
「どうして?私のせい?」
「私がいやだって言ったらどうするつもりだったの?」
私は心をこめて言った。
彼女へのプロポーズを待ったのは、絵梨とお母さんに報告してからという自分のけじめであること。絵梨が嫌だといった場合でも、プロポーズするつもりであること。もちろんその場合は、絵梨の気持ちが変わるまで待ってもらうつもりであること。
「まあ、もちろん断られる可能性もあるけどね。」
「でも、自分の気持ちは変わらない、それはお母さんを忘れたわけでも、絵梨の気持ちをないがしろにするものでもない。」
「…わかった。でも、あたしはその人を知らないの。それじゃ判断なんてできないわ。」
「まず、その人に会わせて。」
*****
翌週、私は彼女にプロポーズした。
彼女の条件はたったひとつ。絵梨に会ってから返事をするというものだった。
*****
彼女と絵梨はすぐに打ち解けたようだった。
自己紹介を終えてから、二人の表情がだんだんと柔らかくなっていくのがわかる。
「…じゃあ、ここでお返事させていただきます。絵梨さん、お父さんと結婚してもいい?」
「うちのお父さん、外ではおしゃれで通っているらしいけど、家ではワイシャツも脱ぎっぱなしですよ。そんなだらしない人で良いんですか?」
からかうように話す絵梨の表情は、明るい。
「ええ、それは結婚してから直してもらうわ。絵梨さんも協力してね。」
*****
バレンタインを翌週に控え、残業を終えて帰宅すると家の電気は消えていた。
高等部に進学の決まった絵梨は、もう寝ているらしい。
起こさないようにシャワーを浴び、ビールの栓を抜く。
4月の入学式のころには三人の生活が始まる。
「おっと、いけない。」
うっかりとランドリーボックスに入れてしまったワイシャツを手に、リビングに戻る。
いつも通りに、ワイシャツを椅子の背に掛ける。
絵梨の怒った顔を思い浮かべながら、部屋のドアに「おやすみ」と声をかけた。
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こんにちは、THです。
先週とは打って変わって、ほんわかホームドラマに挑戦してみました。
そろそろネタ切れです…、いやあ、困ったもんだ。
こうしてみると、週刊誌の連載って本当にすごいなと感心してしまいます。
先週もコメントありがとうございます。
そういえば「ドラ○もん」にも「もしもボックス」で似たような話があったのを
コメントを読んで思い出しました。
確かのび太が「みんな消えちゃえ!」って叫ぶんでしたね。あの時はドラ○もん
が助けてくれたんでしたっけ。
リレー企画も進行中です。お楽しみに。
さて、来週のネタ探し、ネタ探し。
中学で3年生の一人娘ですか。
そうですか。
来春再婚ですか。
そうですか。
Yシャツを椅子に掛けておこうかな?
by 002Z (2009-11-19 07:53)
綺麗ないい話ですね。
大人びた娘さんが良いですね。(^^)
by A.U. (2009-11-19 08:52)
少し切なくて、いっぱい心温まるお話で麩寝。
出だしで少し悲しい思い出?と思ったらハッピーエンドですごく幸せな気持ちになり魔知多。ありなとなつ。
絵梨ちゃんの大人な感じがすごいと思っちゃった。
づるが父親やったら間違いなく下僕状態だ(ぇ
そして。乙ん!!
奥さん健在やから!!
おいおいおいおい(烏賊略)
by 014けんづる (2009-11-19 11:17)
気が付くと同級生3人組の米が並んでる(^^)
何かプチハッピー。
by A.U. (2009-11-20 08:37)
わ~ぃわ~ぃ同級生!
但し、当学園での話しですが何か?
冗談は顔だけにしときます寝(違
うちの娘が絵梨ちゃんみたいだったらなぁ。。。
そもそも片付けなんて見たことない!
部活から帰ってきて遅い夕食を食べた後はソファーで爆睡。。。
それでも一児の母なんだよねぇ、今じゃ(笑
by 026 Old Y (2009-11-20 13:23)
何度注意されても父が脱いだワイシャツを椅子にかけておくのをやめないのは、父と娘の絆を確かめるため。そう、コミュニケーションのきっかけ、というか、スイッチのようなもの。
この10年間というものは、毎日欠かさずに、まるでなぞるように繰り返してきた。それも次の春がくるまでの間まで。残り少なくなってしまった日々を慈しむように、決められた儀式のように繰り返す。それは、決してくずされることのない父と娘の約束のようなものなのだろう。
だらしない(それはただのキッカケづくりなのだが)男と、世話焼き女の組合せは、不思議なバランスを保ちつつ、ずっと未来までつづいていきそうなのだが、それは、つかの間の「お芝居」のようなものなのかもしれない。二人の関係は、その舞台が終わるまでの間の共演者。
会社に、女子社員にウケのよい男性社員がいる。
仕事ができるできないではなく、彼のもっている雰囲気が好まれているのか、気やすく話しかけたり、話しかけられたりする人気者だ。彼のまわりには、いつも不思議と人の輪ができる。
彼は、よく、「ごめん、シャーペンの芯きらしちゃって。わけてもらえない?」とか、「わるい、ホッチキスの針なくなっちゃった。もってない?」とか言って、女子社員にこまごまとした消耗品の類をねだっていた。
「もう、○○さんったら、ふだんからちゃんと自分で用意しといてくださいよね!」 などと言われながらも、毎回、シャーペンの芯1本とか2本とかをわけてもらっていたのだから、頼りにされていた女子社員も、まんざら悪い気はしていなかったようだ。
モテるヤツってのは、ちょっとちがうんだな、うまいもんだな、って思ったできごと。もう、ずいぶん前のことだけど、そんなことを思い出した。なんでそんなことを今ごろ思い出したのか、不思議といえば不思議なことではあるのだが……。
ああ、また本文とはあんまり関係のないコメントをしてしまった。
by 045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑) (2009-11-20 21:38)
毎回思うのですが、THさんの文章は、さらっと涼やかな読みやすい文章ですね♪
わたしの文通の内容とは、えらい違い(笑)
娘がいる。その娘の母親は故人。こういう文章の柱が凄いなぁ(^_^)
同じ物書きとして、参考になります(ぇ
猫目師匠もTHさんもネタ切れと言いつつ、そうに見せない(笑)
また来週!
by 061 CSの語り (2009-11-21 07:52)
Yシャツってアイテムが話を膨らませてくれるなぁって
書こうと思ったら、すでにちさとんが触れていた。
負け惜しみになるので このへんでw
優しい話を ありがと~
みんなに いい出会いがありますようにぃ☆
by 032_oyasan@まおたん (2009-11-21 20:20)
いいお話をありがとうございます。
すごいですね、THさん。
ひとことも、死んだとか他界したとか
直接的な表現はしていないのに
永遠の35歳が微笑んでいる
という詩的な表現でその女性が「故人」で
写真フレームの中の女性は奥さんだろうってことを
想像せちゃっている。
アニオタとしては、永遠の17歳を想像しましたが(笑
by わいすけ (2009-11-22 10:16)