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【寄贈本】車のある風景 キャリイ -ヌコ文庫- [図書室]

群馬県のとある小さな街の県道を、スズキキャリイがガタゴトと走っていた。
今時珍しく、タバコをふかしながら、ご機嫌で松田聖子の歌を口ずさんでキャリィを運転しているのは、菊池正宗という男である。
なんだか、先祖はどこかの武家だったのかというような名前であるが、単に父親が酒好きだっただけだ。
もっとも、正宗は全く酒が飲めない。
30台前半で、身長160cm、体重80kgという、縦よりも横の方が長いんじゃないかという、ビア樽体型であるが、可愛い顔をしている憎めない男である。
彼は公務員であるが、およそ公務員らしくない公務員で、自分の事を痴呆公務員と呼んでいるとても面白い男だ。
しかし、根はとても真面目で小心であり、この世で最も恐ろしいものは妻である。
今日は、東京にある群馬県の施設に出張だった。そのついでに、東京で気の合う仲間達と落ち合って、食事をしてカラオケで唄うのがもうひとつの目的だった。
真面目で小心者だが、こういうところはちゃっかりしている。
目的は無事に達せられ、関西弁でそっち系のコワイお兄さんかと思える丸坊主の友人が、大阪に帰るのを新幹線ホームまで見送って、その後、正宗自身もガンダム好きのケラケラとよく笑うアラサー女子や、見た目は凄く紳士なのに、面白いギャグを繰り出すお茶目なおじさんや、まだ二十代半ばで敬語を使えないいじられキャラの若者達に見送られて東京を後にした。
その帰り道、地元の駅からの道のりを、キャリイは快調に走っていた。
オールアルミ製 DOHC12バルブ 3気筒660cc 48馬力、パートタイム4WDで、5速ミッション車だ。
彼は、「車何乗ってるの?」と聞かれる度に、胸を張ってこう応える。
「2シーターの4WD、5速ミッション車!」
大抵の人は、「へー、凄いね」と応える。
そのあと、
「スポーツカー? 何て言う車?」
などと聞いたりもする。
「キャリイ」
「キャリイ? 聞いたことないね、あんまり。外車?」
「いや、日本車」
というような会話が続く。
「でも、二人乗りのスポーツカーって、前にちょっと乗せてもらったけど、荷物があんまり積めないよね」
「いや、ボクのはいっぱい積めるよ」
「そうなの?」
「うん」
「じゃ、デカイんだ、その車」
「いや、小さいけどね」
「ふーん・・・じゃ、今度乗せてよ」
「うん。また機会があったら」
いつも、そんな会話が交わされる。


このキャリイ、俗に言う「軽トラ」というやつである。そう、二人乗りの荷台のある軽トラックである。
この軽トラ、農作業用でも何でもない。そのため、ボディも荷台もピカピカで、アルミホイルまで履いている。これは単に正宗の趣味で、彼は軽トラが好きなのだ。
最近の軽トラは、昔と違いよく走る。
エンジンはオールアルミDOHC12バルブ 3気筒660cc 48馬力、パートタイム4WDで、当然ミッション車だ。
おまけに、今時の軽トラはなんと5速ミッションである。
とっぷりと日も暮れて、田舎道には車もなくなった。正宗は、農道に入ったところでいきなりギアを3速に落としてアクセルを踏み込んだ。
ジャ!っとタイヤが空転したが、すぐに4WDは地面を捉え、砂利を蹴散らしながら加速する。
コーナー手前でサイドブレーキを引いて、ハンドルを切る。
ガー!っとキャリイが横滑りしながらコーナーに飛び込んでいく。
「うひょー! ドリフトドリフト! 群馬のイニシャルDたぁオレのこったぁ!」
何がDなのかよくわからないが、叫びながら農道を突っ走って行く。
と、前方にぼんやりと灯りが見えた。
正宗は、キャリイのスピードを落として近づいていく。
ヘッドライトに浮かび上がって来たのは、原付とその横に立つ女性の姿だった。
原付のヘッドライトは、既に弱々しい光になっていた。
正宗は、原付の横に車を止めると、運転席から尋ねた。
「どうしたんですか?」
「よくわからないんですけど・・・これが動かなくなってしまって・・・」
女性は原付を指さしながら困惑した顔で言う。
「ははぁ。故障ですか。えーっと、どこまで行くんですか?」
女性は隣町の名前を口にした。
「そうですか。じゃ、30分もかからないんで、送っていきましょうか」
気のいい正宗はそう応える。相手が女性ということも少しは頭の片隅にあった。その反対側の隅には、彼の妻の顔が浮かんではいたのだが。
「いいんでしょか・・・」
「大丈夫です。丁度原付積めますしね、ボクの車」
正宗はにっこり笑う。
その可愛い笑顔につられて、女性も笑って頭を下げた。
「すみません。じゃぁお願いします」


荷台に原付を積み込んで、女性を助手席に乗せてキャリイは再び県道に向かった。
女性はまだ二十代半ばという感じで、ジーンズのミニスカートを履いている。
狭い軽トラの車内で、ミッションを切り替える度に、左手がそのミニスカートから伸びた太腿に触れそうになり、真面目な正宗はドキドキしながらキャリイを走らせた。
それが気になってミッションの方に目がいきそうになるが、そんなことをしているとあらぬ誤解を招きそうで、正宗はびっしょりと汗をかきながら運転に集中しようとしていた。
それでもなんとか無事隣町の彼女の家に到着し、原付を降ろして帰ろうとすると、
「ほんとにありがとうございました。後日きちんとお礼をさせて頂きますので、お名前、それに電話番号と住所を教えてください」
と言う。
「え? いや・・・別にいいんだけど・・・」
「いえ、そういうわけにはいきません! ぜひお願いします!」
「そうですか・・・では一応・・・」
押し切られる形で、言われるままに名前、住所と電話番号を差し出されたメモ用紙に書き込んで、正宗は隣町を後にした。
家に帰り着くと、妻の第一声は、
「遅かったのね」
だった。
正宗は、なんとなく目を合わせられず、
「え? うん。そうだっけ? あははは」
と意味もなく笑う。
妻のいぶかしげな視線が、着替えをする正宗の背中を痛いほどに刺したが、気づかないふりをした。
別に何も後ろめたいことはないはずなのだが・・・。


翌日の土曜日、正宗が遅い朝食をとって居間で寝転んでいると、電話が鳴った。
丁度後片付けを終えた妻が電話を取る。
妻は保留ボタンを押して、正宗に言った。
「あなたによ」
「え? ボク? 誰?」
「知らない女の人よ」
正宗は額から汗が噴き出すのを感じながら、電話に出た。
「も、もしもし・・・」
相手は予想通り、昨夜の女性だった。
「あ、はいはい。いえいえ。とんでもない。大したことはないですよ、はい。いえ、気を遣わないでください。いいんですよ、はい。わざわざすみません」
電話に向かってぺこぺこしながら、汗ばんだ手で受話器を置いた。
顔を上げると妻の視線があった。
「誰?」
「いや、昨夜ね、ちょっと困ってる人が居たので助けてあげたんだよ」
「そう」
「そうそう。単なる人助け」
「ふーん・・・」
またしても冷たい妻の視線を背中に受けながら、正宗は逃げるように表に出た。
家の前にはキャリイが停まっていた。
荷台を見ると、昨夜の原付のタイヤについていた泥が少し乾きかけて残っていた。
正宗はキョロキョロと周りを見回して、さりげなくその泥を払い落とした。
その後、何気なく運転席のドアをあけると、ふわりとオーデコロンの香りがした。
昨夜の女性がつけていたものだろう。
正宗は運転席のドアをいっぱいに開いたまま、慌てて助手席側にまわって、助手席のドアをばたばたと開閉した。
コロンの香りをなんとか車内から出すために。
「コロン・・・ヤバイヤバイ・・・」
「何がヤバイの?」
後で妻の声がした。
「え!? いや、その、どうもドアの調子が悪いんだよ・・・ほら、なんか音がするだろ?」
正宗はひたすらドアを開閉する。
「そう?」
「そうなんだよ。おかしいなぁ・・・」
「ん? なんか臭うわね・・・」
「え・・・」
突然妻が叫ぶ。
「あ!!」
ドアを動かしていた正宗の手が止まって、そのまま固まる。
背中を冷たい汗が流れ落ち、自分でも頬が痙攣しているのがわかった。
「コンロ! お昼の煮物火にかけっぱなしだった!」
妻はバタバタと台所へ駆けていった。
正宗はドアノブを持って固まったまま、妻の言葉が勝手に変換されて、頭の中をぐるぐると回り、あまりの緊張に意識を失いかけていた。
『コロン、コロン、コロン・・・』
別に、特に悪い事をしているわけではないのだが、なにしろこの男、真面目で小心者の上に、妻がこの世で一番恐いのだ。

おわり
--------------------------

この物語はフィクションです。
実在する人物、団体等には一切関係ありません。

そんなわけで、これまた久しぶり、車のある風景裏麺版でーす。
この物語は、軽トラをこよなく愛する、群馬の痴呆公務員、しえすたに捧げます。(^_^)

あー、ついにネタが切れてしまった・・・もう来週のストックが有馬変・・・どうする猫?
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A.U.

猫兄さん

きっと主人公の彼は軽トラの荷台で昼寝もするん
でしょうね。長いなが~い、お昼寝タイム。

遂にネタ切れですか?
まだまだありますよ。
ぜったい・・・きっと・・・たぶん・・・おそらく・・・
あれれ?みんな出てきてますねぇ・・・



by A.U. (2009-11-17 08:36) 

002Z

軽トラ好きー

田舎や瀬戸内の島に遊びに行くと食糧の買い出しなどに荷台に乗せて連れて行ってもらいます。

聞いた話ですが、コロンの残り香は危険らしいですねー。

来週も楽しみにしていますー!
by 002Z (2009-11-17 09:19) 

061 CSの語り

猫目師匠

しえすただす

えぇ、びっくりしました(笑)

まずは、ありがとうございますm(__)m

樽体型(笑)
小心者(爆)
嫁が一番怖い(核爆)

早く猫目師匠に会いたい!(^_^)

先週の予告通り、痴呆公務員しえすたをご使用頂いて、恐縮の極みです(笑)

ただ、しえすたを使って、どっちらけ(とてもシラけるの意)にならないか心配です(笑)

あ!頭文字DのDって、どっちらけのDだったんですね!(ぇ

凍りついた路上で、ドリフトごっこして遊ぶのは、いつも軽トラ(人から借りる)なしえすたでした。
by 061 CSの語り (2009-11-17 12:32) 

032_oyasan@まおたん

軽トラはええですねえ。ぼくも従兄弟達4人で
じいさんの軽トラに積み込まれたことが思い出されました。

いまじゃ、過積載で許されない。ぇ、人は乗っちゃいけないんでしたっけ??
by 032_oyasan@まおたん (2009-11-17 20:31) 

030 ダルコ

ああ、しえすたんのえくぼも可愛い笑顔が目に浮かぶw
コロンコロンは体型じゃなくて、意識を失いかけるほど破壊力のある兵器なのねー。
今度会う時は、いたずら用にコロンを持って行きまーすっ!
by 030 ダルコ (2009-11-17 20:32) 

026 Old Y

軽トラでのドリフトはトップヘビーな感じ!
荷台に砂袋がいる鴨(ぇ

でも、しえすたの場合は2シータでも一人乗りなっちゃう寝(笑

次回しえすたんと会う時には女性用のコロンつけて行こうっと!!
考えただけで枠枠しゅるなぁ~(爆



by 026 Old Y (2009-11-17 21:53) 

057 郷午言

「何がDなのかよくわからないが」 → 「どんぴしゃサイズ」の“D”。
あーっ、俺のミッションがぁっ……
by 057 郷午言 (2009-11-18 01:30) 

015 猫目

あう
まだまだ題材はないこともないんやけどねぇ。
サイボな鬼軍曹が繰り広げるスーパーファンタジー「きのこ帝国の逆襲」とか、「霜王国物語」とか、「昔話 琵琶湖の水はなぜ赤いか」とか。(笑)

でも、ちょっと、時間をかけて構想を練らんとね。(^^;;)


ぜっとん
やっぱり危険なのか、コロンの残り香は・・・。
あきらんに教えたらなアカンな。(ぇ


しえすた

実物見た事もないし、あくまでフィクションですので。(笑)
早くホンモノ見たいねぇ。(^_^)


ぼなしー
昔はよう乗ってたよね、荷台に。(^^;;)
昔、三輪バタコってやつの荷台に乗って1時間ほどの道のりばあちゃんとこへ行ったことがある・・・平和やったんやね。(^_^)

今やると大ニュースになるやろね。
荷台には、人は乗ってはいけ魔変。


だるぴ
そうか、しえすたはえくぼもかあいいのか!
コロン、いっぱい噴きつけといたって蔵拝。(ゴキブリか


おるでぃ
想像してもたがな。
軽トラのフロントガラス一杯に広がるしえすた・・・ぐは

みんあでコロン攻撃?(^^;;)


ごごごん
色々ありまんな、"D"。(^_^)


by 015 猫目 (2009-11-18 13:01) 

014けんづる

にゃはははは。
しえすたん。焦って魔麩なぁ。

軽トラでここまで楽しいストーリーが出来上がるなんて。
兄さましえすたんに密着取材した?

しえすたんの奥様には冗談通じないのでコロンではなく肥やしの匂いを準備しとき魔麩。
10Kg位送っとけばええかな?

兄さま。
ネタに困ったら新しい車買いましょ♪(違
by 014けんづる (2009-11-19 11:10) 

045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑)

コロンの残り香が危険なことをよく知っている。

だから誰かさんは屋根が開くクルマに乗ってるんですね。

コロンの残り香を素早く排除するために。
それも危機管理のひとつですよね。

納得。納得。

by 045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑) (2009-11-19 12:09) 

015 猫目

づる
密着取材でけたらもっとオモロイ話が書けるんやけどねぇ・・・。
タダの妄想堕酢。(^^;;)


ちさとん
なるほど・・・だから屋根が開くのか。
納豆納豆。(ぇ
by 015 猫目 (2009-11-19 17:51) 

045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑)

師匠
そうです。その誰か。さんですね…って、誰のことなんでしょうね?(笑)

by 045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑) (2009-11-20 08:48) 

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