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【寄贈本】車のある風景 ステージア -ヌコ文庫- [図書室]

とある土曜日の午後、東名高速を東へと走る車があった。
スノーシンクロモード付きアテーサE-TSを積んだ、日産ステージア25RS FOURだ。
FOURという名前からわかるようにこのステージアは4WD車で、RB25DE型 2.5L直列6気筒 200psのエンジンを搭載している。
アテーサE-TSというのは、路面の状況、スピード、エンジン回転数などから、4WDの前輪トルク配分を0:100~50:50に自動的に調整する、電子制御4WDコントロールシステムである。
アテーサは当時のスカイラインGT-Rにも搭載され、GT-Rでは究極の4WDコーナリングを目指した。
もちろんアテーサは、通常の4WD同様雪道でもその威力を発揮する。
10年10万kmを超えたステージアであったが、まだまだ走りは快調だ。
このステージアのハンドルを握っているのは、吉野彰54歳、ロマンスグレーのスマートなジェントルマンである。
しかし、彰はこの若さで既に孫がいる。
美人の娘と可愛い孫が彼の自慢で、世間一般の例に漏れず、彼も孫の前ではデレデレのおじいちゃんになる。
今日はインターネットで知り合った仲間達が、琵琶湖でバーベキューをやるというので、時間を遣り繰りして参加した。
その帰り道、浜松までの道のりをひた走るステージアであった。
ステージはアテーサのおかげもあり、高速道路も安定した走りをみせる。浜松から琵琶湖まで、片道240km近くある結構な距離だが、おかげで疲れは少ない。
前車のスピードが少し落ちて、彰もステージアのスピードを落とした。
隣を走るミニバンと併走する形になり、何気なくそのリアウィンドウを見た時、舌をだらりと垂らしたラブラドールの大きな顔が彰の目に飛び込んできた。
「ウェンディ・・・なわけないよな・・・」
彰は思わず呟いた。
想い出のアルバムに仕舞い込もうとしていた記憶が、また彰の脳裏に浮かび上がって来た。


11年前のとある休日、地元のブリーダーから「探しているラブラドール・レトリバーが生まれた」との連絡を受けた彰は、妻と二人でいそいそと出かけた。
彼の前にはダンボール箱に入れられた黄ラブ3匹と黒ラブ1匹がいた。
黄ラブは3匹とも元気に動き回り愛想を振りまきながら可愛い鳴き声をあげている。
よく見ると片隅に黒い物体が黄ラブ達に踏みつけられながら、遠慮がちに佇んでいる。
大きな黒目を不安そうに泳がせていた黒ラブと目があった瞬間、『僕はいいです。元気な彼らを選んで下さい』と、聞こえた気がした。
同時にブリーダーが、
「黒ラブの元気なのが1匹いたんだけど、ちょっと前に売れちゃってね。黄ラブでいいならこの元気なやつがお勧めだよ。この黒は弱そうだからやめた方がいいよ」
『だったらうちで飼ってやるよ! 元気な子に育ててやるよ!! こんなに優しい目をしてるの見たことないぞ!!!』
と言いかけた時、
「この黒ラブがいい! 優しそうだし!」
と先に妻が叫んだ。
ブリーダーは不思議そうな顔で二人を見たが、彰にはそれが運命の出逢いだと思えた。
黒ラブを乗せての帰り道、彰はステージアのハンドルを握っていたが、その運転は『いまだかつてないほどジェントルだった』と妻は未だに言う。
最初、メロン2個入り用の箱に入っていた黒ラブは、ウェンディと名付けられ、その後34kgにまで成長することになる。
ウェンディは先天的に股関節形成不全で、後ろ足の脚力は他の犬に比べて弱かったが、日常生活を送るには大きな支障はなかった。
もちろん、ラブラドールは痛みに強く我慢強い性格で、大概の痛みはアピールせずに我慢してしまうらしいので、確認した訳ではないのだが。
それでも、樹脂製の犬小屋を噛み砕いて飲み込んでしまい、幽門が先天的に狭かったため、樹脂片が痞え開腹手術したり、11年の間にはいろいろなことがあった。
犬と人間、確かに共通言語はないが、愛情を持って接すれば通じ合えると彰は今も信じている。
ウェンディと過した日々は彰にとってかけがえのないものであった。
そのウェンディが突然旅立ったのは、夕方の散歩の後だった。
異変に気づいた彼の妻がすぐに動物病院に連れて行ったが、そのまま手術となり、彰が病院に駆けつけたときは既に手術中であった。
それからすぐに手術室に呼ばれたが、その時は既に心臓マッサージ中で、マッサージを止めるとモニターからは単音の長い無機質な音が部屋に響いた。
11才と357日の生涯。後20年生きろよと毎日彼に言い聞かせていた彰を残して、ウェンディは旅立った。
病院からの帰り、雨の日も木枯らしが吹く日も、焼けた舗道が夕暮れとともに涼しさを取り戻す夏の日も、彼と共に歩いた散歩道を、妻と二人ステージアで走るうち、雨でもないのに、彰はフロントグラス越しに見る景色が滲んで見えなくなっていた。


いつの間にか、前を走る車のテールが滲んでいた。その滲んだテールランプが赤く点灯して、彰は慌ててブレーキを踏む。
「おっと。いけないいけない・・・」
高速の出口が近づいていた。
零れた涙がシャツを濡らしている事にもその時気づいた。
傾いた陽に、オレンジに染まっていく浜名湖を右手に見ながら、彰はステージアの速度を落とす。
しばらく後、自宅の車庫にステージア止めた彰の目に、まあるい笑顔が飛び込んできた。
娘といっしょに彼を迎えに出た孫の笑顔だ。
旅立ったウェンディの代わりになるわけではないが、孫の笑顔は彰を癒やしてくれる。
「お父さん、ちょっとそこのスーパーまで乗せてってくれない?」
「よーし。じぃじとドライブ行こう!」
運転席から彰は孫に話しかける。顔がすっかり崩れている。
「じーじー」
娘と孫を乗せて、再び車庫を出た彰は、ステージアをゆっくりと走らせる。
「相変わらずねぇ」
娘が笑いながら言う。
「何が?」
「この子を乗せてる時ってお父さん、いまだかつてないほどジェントルじゃない、運転が」
『いまだかつてないほどジェントル・・・』
再び、初めてウェンディを乗せた時の妻の言葉が、彰の胸にこみ上げてくる。
しかし、それを飲み込むように彰は少し潤みかけた目を細めて応えた。
「そんなことはないさ。オレの運転はいつでもジェントルだよ」
「あはは・・・」
「はは・・・」
「じーじー」
ウェンディと過ごした楽しかった日々と、まあるい笑顔を乗せて、ステージアはそろりそろりと夕暮れの街に消えていった。

おわり

--------------------

この物語はフィクションです。
実在する人物、団体等には一切関係ありません。


この物語は、アテーサ付きのステージアをカッコ良く乗りこなし、ダンディでジェントルなロマンスグレーなのに、孫にはメロメロのおるでぃと、インディ君に捧げます。

そんなわけで、裏麺シリーズ、今回で一旦お休みします。
はい、単にネタ切れなだけです。(^^;;)
さすがに今回で連載19本目、素人にはそろそろ限界かってとこで、とりあえず、しばらく裏麺は出てきませんが、もう少し続く・・・と思います。(^_^)
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コメント 17

002Z

今日は何も書けません。
電車の中で眼鏡が曇ってしまって…
by 002Z (2009-10-06 07:51) 

A.U.

とにかくご本人のコメントを待ちます・・・

って、フィクションって書いてあった・・・
でも名前がわてです。(^_^;)

では、おるでぃあーに、どうぞ。
by A.U. (2009-10-06 08:37) 

030 ダルコ

東京は上着がいるほど寒いのに、電車の中で目から汗が…
by 030 ダルコ (2009-10-06 08:39) 

026 Old Y

猫目さん、今週もありがとうがざいます。

犬や猫のいる風景ってやっぱ癒されます。。。
何だかすっごく優しい気持ちになれるのはどうしてなんだろう?
あ、車のある風景でしたね(笑

と、第三者を装ってみました(ぇ

猫目さん、孫にメロメロなのは認めますが、それ以外は現物(?)とのギャップがありすぎです(冷汗
ハードル上がり過ぎでオフ会に参加しにくくなっちゃうじゃないですかぁ!
裏麺シリーズの最後、私でよかったんでしょうか?

あ、フィクションでしたねこれ(顎


2009年4月28日 20:36 インディは夜空に昇っていきました。
もう何年も前の事のようでもあり、つい昨日の事だったような気もします。

彼の指定席は居候猫のチャヤ君が私達夫婦の心の隙間を埋めるつもりなのか、すっかり自分の場所としています。

今はまだ人生を♪ではなくインディに代わる犬との生活は難しいのですが、新たな出逢が訪れることを信じてます。

あの日、インディと出逢えたように。。。


by 026 Old Y (2009-10-06 10:27) 

わいすけ

ご無沙汰しています、わいすけです。
すっかり牛舎の住人になってしまいましたが、
きょうはどうしてもひとこと言いたくて。

猫目さん、とてもよかったです。
涙腺から汗が出てきました。

ところで、ウェンディと言えば、
あの湿った西風、じゃなくて、強い南風、じゃなくて、
暖かい北風のお話の続きはどこに行ったんでしょうね。

また心温まるお話が読めるのを楽しみにしています。
by わいすけ (2009-10-06 11:53) 

032_oyasan@まおたん

泣いてます。
あらためて 思い出しちゃいました・・・。

毎週毎週たいへんですが
次のシリーズも楽しみにしていまぁす。

by 032_oyasan@まおたん (2009-10-06 22:15) 

015 猫目

みんなありがとー。
朝から泣かせてゴメンね。

特に、おるでぃには申し訳なかったけど。また思い出させてしまって・・・。
でも、これはどうしても書いておきたかった。というか、みんなに読んでもらいたかった。

インディ君の代わりになるわけではないけど、いつか、おるでぃが笑顔で想い出のページをめくれるようになったら、その頃にはきっとまた新しい家族が増えていることと思います。

裏麺車シリーズを締めくくるに相応しい素敵な物語が書けた事をインディ君とおるでぃに感謝します。

by 015 猫目 (2009-10-06 22:22) 

026 Old Y

☆猫目さん。

すみません!
肝心なことを忘れてました m(_ _)m

インディとの思い出をこんなに素晴らしいストーリーにして頂いて本当にありがとうございました。
これを忘れちゃ恋も買えない。。。

>特に、おるでぃには申し訳なかったけど。

なので、とんでもないです。
いつまでも悲しんでいては彼も安心できないでしょうし
私の方こそ感謝しています。

そして、虐待したり捨てたりすることのない世界が来る事を
願っています。

これだけは忘れないで欲しいのです。

飼うことを選んだのは私達で、決して彼らが望んだ訳ではないのですから。。。


by 026 Old Y (2009-10-07 00:28) 

023-QT

ししょー、裏面シリーズの最後はジーンと心にくるお話ありがとうございます。

読んだ後なんだかせつなくなって、家の犬をハグハグしてしまった、、、

by 023-QT (2009-10-07 04:03) 

014けんづる

兄さま。さすがで麩!!
裏麺シリーズの最後にこんなまとめを持ってくるなんて!!

こうやって折につけ想い出し、一緒にすごした日々に感謝し、そして元気にやってる姿を見せてあげる。
これも、すごくいい供養になると思い魔麩。

インディくんを知って。
そしておいちゃんの優しさに触れることができて。
この一年足らずの間が、とても充実してて。
づるは本当に幸せで麩。

ありがとで麩!!

そして、兄さまの物語。
次回はどんな内容になるのでそか?
とても楽しみ~♪

まさか。
あのキーボードを題材に。。。。
PCのある風景を描くのでしょうか?
主役は〇器ぃたんとか?

と無茶振りしてみるテスト。
by 014けんづる (2009-10-07 09:47) 

015 猫目

おるでぃ
いやもうこれは、半分おるでぃが書いたようなもんやから。m(__)m

Qちゃん
可愛がってあげてねー、ワンちゃん。(^_^)

づる
いつも米あんがと。
で、ついでにネタの提供もありがとね。(ぇ

by 015 猫目 (2009-10-07 12:33) 

014けんづる

兄さま。

>で、ついでにネタの提供もありがとね。(ぇ
↑本当はこっちがメインで

>いつも米あんがと。
↑こっちがついでなのは、みんなには黙って置き魔麩。麩麩麩。
by 014けんづる (2009-10-07 13:08) 

061 CSの語り

猫目師匠

裏メン締めくくりにふさわしいお話、ありがとうございました。

何かを大事にすることの大切さを、教えていただきました。

by 061 CSの語り (2009-10-08 19:20) 

045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす

いつもキミがいたその場所は、キミと過ごした大切な時間を忘れないために今でもキミのために残してあるんだよ。そのままね。

忘れたりなんかしない。

キミの優しさも、キミの温もりも、キミの息づかいも、キミのまなざしも。ほら、今だってそこにある。そこにいる。感じてる。通じてる。

また、いつでも帰っておいで。




ありがとうね。


----------
猫目師匠、うらめんシリーズの締めくくりにあたたかいぬくもりをありがとうございました。



by 045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす (2009-10-08 22:43) 

051 TH

師匠、裏麺シリーズお疲れ様でした。

いつもコメントありがとうございます、と、人の連載でお礼を言ってみます。

いまはいませんが、私も二匹の弟と妹を看取ってきました。
(ワンちゃんですよ、念のため)

本当に家族を見送るのはつらいものですが、やっぱり戻ってしまいますよね。
子供がもう少し大きくなったら、また飼ってみたいな。

これからも、面白いトコお願いします。

SFシリーズが読みたいです。
by 051 TH (2009-10-09 00:04) 

044 いちご

にいたま。

いつもいつも楽しく心温まる読み物をありなとなつ。

あのかなしい出来事、もうずっと前のような感覚がしま麩。

ひとかけらでもいろんな感情を共有できて
たくさんの人とかけがえのない絆を作っていく。

とんでもなく楽しいことを覚えた年でもありました。
(って今年を締めくくるにはまだ早いなぁ。


ちょす。
by 044 いちご (2009-10-09 08:43) 

015 猫目


しえすた
教えてくれたのはインディ君。(^_^)


ちさとん
エエなぁ、その語り。(CSのじゃないよ(笑))
その語りで、いっぺん物語書いて欲しいねぇ。

ってことで、いつも米ありがとね。


THっち
うちのラブ(ミニチュアダックス)も既に8才・・・猫嫁と猫娘は、既に今からペットロスになると騒いでま麩。(~_~;)

SFねぇ・・・書きたいね。(^^;;)


あかねん
米あんがとー。
少しは落ち着いたかな?

今年は激動の年やったねぇ、色んな意味で。
みんなの日からまだたったの八ヶ月やけど、猫にとってもこれほど記憶に残る年はないやろね。

まだまだ増えるよ、想い出。(^_^)
ってことで、明日はバンドだ!

by 015 猫目 (2009-10-09 22:20) 

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