THノベルズ「George’s Bar」 [図書室]
やっと、夜が長くなってきた。
この季節は人恋しさが募る。
土曜日といっても、家にだれが来るわけでもない。
一人で飲むにはさみしすぎる、かといって繁華街ではわずらわしい。
「マスターは元気かな?久しぶりに顔を出してみようか?」
クローゼットから濃紺のジャケットを取り出し、家を出た。
白銀高輪駅を降り、プラチナ通りに背を向け15分ほど歩いた裏通り。
おや、雨が降ってきた。
まあ、このくらいなら問題ないだろう、紳士は決して走らないものだ。
オンライン通りに入って、喫茶店の隣。アメリカンスタイルのバーが、今夜の目的地だ。
ガラスのドアの向こうでは、マスターがグラスを磨いている。
「おや、いらっしゃい。久しぶりですね。」
マスターはいつも笑顔で迎えてくれる。
「やあ、久しぶり。元気だった?」
「ええ、おかげ様で。」
「そりゃよかった。メーカーズマークをロックでもらえるかな?」
「はい、よろこんで。」
どこかの居酒屋ではない、マスターはゆっくりと発音する。心地のいいテノールだ。
「雨ですか?」
オールドファッションを滑らしながら、マスターが訪ねてくる。
「まあ、小雨だよ。心配ない」
オールドファッションの中で、ロックアイスとコハク色の液体が輝く。
そう、あの日もこんな雨だった…
…二人は似すぎていたんだろう。
初めての女ではないし、最後の女でもない。
しかし、別れた今も一番大きな場所を占めていることは否定できない。
使い古されたセリフだが、二人が出会うには若すぎたのかもしれない。
俺は事業を立ち上げたばかりで仕事が面白くて仕方なかったし、仕事以外のことは考えられなかった。
彼女も転職したばかりで、新しい職場で自分の居場所を作るのに一所懸命だった。
自分の都合を押しつけるばかりで、すれ違いだけの日々が続いた。
そして、彼女は部屋を出て行った…
そう、今ならもう少しましなことも言えただろう…
彼女は、その後業界でも有名なファンドマネージャーとして活躍している。
先日も経済誌のサイトでその名前を見つけた。
おせっかいな風のうわさでは、まだ一人だということだ。
会社は小さいながらも、評判の良いコンサルティング会社として業界での認知度も上がった。昨年の金融危機の影響もあって、顧客が顧客を呼ぶいい循環の中にある。
「あれから7年か…」
つい口に出してしまったんだろう、マスターが声をかけてくる。
「お代りはいかがですか?」
「そうだね、ブランドンはあるかな?」
「はい、かしこまりました。 …雨が強くなってきたようですね。」
「ん? ああ、客が俺一人じゃ、マスターも張り合いがないね。」
「いえ、こんな天気です。 ごゆっくりどうぞ。」
なぜ、あんなことを思い出したのかな…
雨のせいか。
店の外を車のライトが過ぎて行った。
マスターのグラスを磨く手が止まり、右の眉毛が少し上がった。
ガラスの扉を開ける音がする。
そう、もう誰が来たかはわかっていた。
俺は、隣に滑り込んできた彼女に声をかける。
「元気か?」
「ええ、あなたは?」
「今はね。」
マスターが、BGMのボリュームを少し上げた。FourPlayだ。リーリトナーのギターに、フィルコリンズのボーカルが心地いい。
「マスター、これ。」
スツールから降りた俺は、昔のように、二人分のジャケットをマスターに渡した。
長い夜は、始まったばかりだ。
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こんばんは、THです。
今週は、コメントに書いたように厳しいかな?とも思いましたが、なんとか穴を開けずに済みました。
さて、今回は裏シリーズです、何の歌かわかりました?
ヒントは題名と出だし、結末です。
Fourplayですが、私の大好きなグループです。知らない方はぜひ聞いてみてください。
作中に登場したのは、3作目「Elixir」の「Why Can’t Wait ‘Til Morning」です。スムースジャズの入門編(にしては豪華メンバーですが)にしても、入りやすいグループ&曲です。
先週もたくさんのコメントありがとうございました。
中には珍客もいたようですが(苦笑)。
ということで、今週は「TAXI」の裏ストーリーでした。
またよろしくお願いします。
この季節は人恋しさが募る。
土曜日といっても、家にだれが来るわけでもない。
一人で飲むにはさみしすぎる、かといって繁華街ではわずらわしい。
「マスターは元気かな?久しぶりに顔を出してみようか?」
クローゼットから濃紺のジャケットを取り出し、家を出た。
白銀高輪駅を降り、プラチナ通りに背を向け15分ほど歩いた裏通り。
おや、雨が降ってきた。
まあ、このくらいなら問題ないだろう、紳士は決して走らないものだ。
オンライン通りに入って、喫茶店の隣。アメリカンスタイルのバーが、今夜の目的地だ。
ガラスのドアの向こうでは、マスターがグラスを磨いている。
「おや、いらっしゃい。久しぶりですね。」
マスターはいつも笑顔で迎えてくれる。
「やあ、久しぶり。元気だった?」
「ええ、おかげ様で。」
「そりゃよかった。メーカーズマークをロックでもらえるかな?」
「はい、よろこんで。」
どこかの居酒屋ではない、マスターはゆっくりと発音する。心地のいいテノールだ。
「雨ですか?」
オールドファッションを滑らしながら、マスターが訪ねてくる。
「まあ、小雨だよ。心配ない」
オールドファッションの中で、ロックアイスとコハク色の液体が輝く。
そう、あの日もこんな雨だった…
…二人は似すぎていたんだろう。
初めての女ではないし、最後の女でもない。
しかし、別れた今も一番大きな場所を占めていることは否定できない。
使い古されたセリフだが、二人が出会うには若すぎたのかもしれない。
俺は事業を立ち上げたばかりで仕事が面白くて仕方なかったし、仕事以外のことは考えられなかった。
彼女も転職したばかりで、新しい職場で自分の居場所を作るのに一所懸命だった。
自分の都合を押しつけるばかりで、すれ違いだけの日々が続いた。
そして、彼女は部屋を出て行った…
そう、今ならもう少しましなことも言えただろう…
彼女は、その後業界でも有名なファンドマネージャーとして活躍している。
先日も経済誌のサイトでその名前を見つけた。
おせっかいな風のうわさでは、まだ一人だということだ。
会社は小さいながらも、評判の良いコンサルティング会社として業界での認知度も上がった。昨年の金融危機の影響もあって、顧客が顧客を呼ぶいい循環の中にある。
「あれから7年か…」
つい口に出してしまったんだろう、マスターが声をかけてくる。
「お代りはいかがですか?」
「そうだね、ブランドンはあるかな?」
「はい、かしこまりました。 …雨が強くなってきたようですね。」
「ん? ああ、客が俺一人じゃ、マスターも張り合いがないね。」
「いえ、こんな天気です。 ごゆっくりどうぞ。」
なぜ、あんなことを思い出したのかな…
雨のせいか。
店の外を車のライトが過ぎて行った。
マスターのグラスを磨く手が止まり、右の眉毛が少し上がった。
ガラスの扉を開ける音がする。
そう、もう誰が来たかはわかっていた。
俺は、隣に滑り込んできた彼女に声をかける。
「元気か?」
「ええ、あなたは?」
「今はね。」
マスターが、BGMのボリュームを少し上げた。FourPlayだ。リーリトナーのギターに、フィルコリンズのボーカルが心地いい。
「マスター、これ。」
スツールから降りた俺は、昔のように、二人分のジャケットをマスターに渡した。
長い夜は、始まったばかりだ。
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こんばんは、THです。
今週は、コメントに書いたように厳しいかな?とも思いましたが、なんとか穴を開けずに済みました。
さて、今回は裏シリーズです、何の歌かわかりました?
ヒントは題名と出だし、結末です。
Fourplayですが、私の大好きなグループです。知らない方はぜひ聞いてみてください。
作中に登場したのは、3作目「Elixir」の「Why Can’t Wait ‘Til Morning」です。スムースジャズの入門編(にしては豪華メンバーですが)にしても、入りやすいグループ&曲です。
先週もたくさんのコメントありがとうございました。
中には珍客もいたようですが(苦笑)。
ということで、今週は「TAXI」の裏ストーリーでした。
またよろしくお願いします。
bourbonですね。
メーカーズマークもブラントンも良いbourbonですね。
いまもオールドリップやオールドフォレスターを飲むとあの頃を想い出しますね。
自由が丘のあの店はまだあるのかなぁ
by 002Z (2009-10-01 08:23)
今週は一気に大人ワールド(*^^*)
田舎者には縁の無い世界w
THさんは、色々と広く深い知識をお持ちですねぇ。
エサを待つヒナのように口開けて、
次回作を待っておきます。
by 022 koge (2009-10-01 19:04)
酒が飲めてたらこんな世界も経験できたのか?
学生時代はちょっと気取ってホテルのバーに出かけた。
その時つきあってた女性を連れてね。
いかにもこういう場所は慣れてますみたいな雰囲気出し
まくってバーテンダーにこうオーダーしたんだ。
「カルア・ミルクをステアで」ってね。
で上澄みのミルクだけ飲んでおかわりしたんだ。。。
え、それってただのアイスミルクじゃん(顎
だって大人の恋愛に憧れてたんだもん。。。
結果は?みなさんのご想像通りってことです寝(爆
やっぱりTHさんてお洒落な都会人なんですね!
by 026 Old Y (2009-10-01 21:18)
うーむ、「F」のようでした。
しかし、ひとりでバーボン呑みに行く余裕が
ほしいものだ。
特に財布がな。
意外と自己啓発になる読み物でした。
by 074 わからん (2009-10-01 23:17)
男 「マスター、バーボン」
(マスター、おもむろにマジックで
男の両頬にグルグル渦巻きを書く)
男「それは、バカボン」
という、昔懐かしZ-BEAMのコントを
何故か想い出しました。
by 057 郷午言 (2009-10-02 02:21)
わからんたん おやさんも Fさんかと思いましただすっ
そっか。Fさんのモデルは歌の中にあったんだねぇ
妙に納得☆
いつもステキな物語をありがと~。
休載がないなんて^^ うれしいけど 無理だけはしないでくださいねぇ
by 032_oyasan@まおたん (2009-10-03 00:06)
今週はオトナな物語。
近頃は、お外にのみに行く機会がとんと減りました。
たまには気分を変えて出かけたいな、と思いました。
by 023-QT (2009-10-03 09:46)
タクシーにてを挙げて
譲二の店を出たんでしたっけ。。。
歌に絡めたストーリーで、また別の曲が頭の中に流れ出す。
うまいなぁ。。。唸ってしまい魔麩。
づるもそんな唸る文章。書けないな。。。。
と、仕事の合間に差簿利に来てしまい魔知多。。。
by 014けんづる (2009-10-07 09:38)