【寄贈本】車のある風景 ユーノスロードスター -ヌコ文庫-

「ブーン、ブーン、チャララララー・・・」
バイブレーターの振動と共に着信音が鳴った。
キーボードを叩いていた啓介はちらりと壁の時計を見た。午前１時１８分。こんな時間に
啓介に電話をかけてくるのは決っていた。
振り返って携帯電話を捜す。携帯電話は便利でいいのだが、ついあちこちに置き忘れ、
散らかった部屋の中では居場所を捜すのが大変だ。どうやらテーブルの下辺りで鳴ってい
るようだった。啓介は立ち上がってテーブルの下をのぞき込んだ。案の定そこに転がって
いた。
「もしもし・・・」
「けいすけぇー！　居た？　よかったぁー・・・」
予想通り電話の向こうでさやかの声が弾んだ。
「居るに決ってるだろう。こんな時間に騒いでるのはさやかぐらいだよ・・・」
と嫌味を言いながらも、さやかからの電話に内心喜んでいる自分がいる事を知っていた。
「どうしたんだい？　またアッシー君がご入り用ですか？」
「ピンポーン！　今日打ち上げだったんだけど、もう電車がないの。いつもの公園の前で
まってるわ」
どうやらいつものようにすっかり出来上がっているようだ。相変わらず声が明るい。
「わかったよ、すぐ行く。道端で寝るなよ！」
「ふふふ、分かってるわよ。だいすきよ、け・い・す・け・・・きゃははは・・・」
啓介は電話を切った。
（冗談がきついよ、まったく、人の気も知らないで・・・）
しばらく携帯電話の画面を見つめていた啓介であったが、おもむろに立ち上がって、車の
キーを捜しはじめた。

室井啓介３１歳。コンピュータ関係誌に記事などを書いている、フリーのライターである。
こういう職業の例にもれず、啓介もまた不規則な生活を送っていた。そろそろなんとかし
なければとは思っているのだが、なにかきっかけが欲しかった。
現在のところそのきっかけの最有力候補が、今の電話の主、槇村さやかである。啓介も記
事を書いているコンピュータ情報誌の編集部員で、男顔負けのパソコンマニアである。
お蔭で啓介も随分世話になっている。そして、その代償がこの電話と言うわけである。そ
ういうわけで、啓介は密かに思いを寄せているのだが、向こうは一向にそんな気配はなく、
顔を合わせればパソコンの話ばかりである。さやかはその上かなりの美人で、プロポーシ
ョンもいい。
そんな引く手あまたのさやかが、売れない三流ライタの啓介に特別な感情を持つとも思え
ない。しかし、二人はいい友達であるのは違いなかった。
啓介はテーブルの上に転がっていたキーを拾い上げて部屋を出た。


車庫に降りるとロードスターが、相変わらず愛敬のある顔で啓介を迎えた。フロントから
リアに向かって流れるようなボディーラインは、女性の腰を思わせるセクシーな曲線を描
いている。
ドアを開けてシートに腰を降ろす。堅すぎも柔らかすぎもしないシートはしっくりと体に
馴染む。キーを差し込んでエンジンをかける。
「キュキュ・・・フォン！」
１６００ｃｃ、１３０馬力のＤＯＨＣエンジンは、いとも簡単に目覚める。
いい音だ。１６個のバルブがリズミカルなサウンドを奏でる。ライトをつけるとこれまた
愛敬のあるリトラクタブル・ライトがフロントにせり上がる。啓介はギヤをローに入れて
静かに発進させた。
さすがにこの時間になると昼間の渋滞がうそのように、街は静まりかえっている。しかし、
まだ初夏だというのに、この時間になってもアスファルトの熱気は街を包んでいる。２シ
ーター・フルオープンのロードスターには排気ガスの交じった都会の空気は似合わない。
なま暖かい風が啓介の髪を撫でて排気音と一緒に後方の闇に消えて行く。
しばらく走るとさやかの指定した公園が見えてきた。入口の車止の石柱に真っ赤なミニの
タイトの上に、これまた真っ赤なジャケットを引っかけたさやかが、格好のいい足を組ん
で頬杖をついて座っていた。
モスグリーンのロードスターを見つけると、ぎこちない足取りで立ち上がって歩き出す。
「けいすけー！　ありまとー！」
助手席のドアを乱暴に開けて、倒れ込むようにシートに沈む。啓介の方を向いてにっこり
笑った笑顔はとてもまぶしかった。啓介は目をそらして、ロードスターのクラッチをつな
いだ。
「フォン・・・」
「どうしたのー、けいすけちゃーん？　おこってるのー！？」
「いいから夜中に大声出すなよ・・・。屋根がないんだからまる聞こえだぜ。一体なん時
だと思ってるんだよ」
「いいじゃないのー。せっかくの週末なのにさー！」
啓介は諦めて車をとばした。
しばらくの沈黙の後、ささやくような声がした。
（海に行きましょう・・・）
それは聞き覚えのある声であったが、さやかのではないように思えた。
「え？　海？　今からか・・・！？」
啓介は助手席のさやかを見た。しかし、さやかはもう静かに寝息をたてていた。
「変だなぁ・・・？　確かに今海って・・・まあいいや、いっちまえ！」
啓介とさやかを乗せたロードスターは、小気味よいＤＯＨＣサウンドをビルの谷間に響か
せながら、海岸通りへと進路を変えた。３０分も走ると開け放たれた車内に潮の香が流れ
込んで来る。
啓介はしばらく曲りくねった海岸通りを軽快にとばした。ロードスターのバランスのよい
重量配分は、コーナリングに最も顕著に表れる。思ったとおりのラインを描いて、次々と
コーナーをパスしていった。
しばらくコーナリングを楽しんだ後、啓介は海岸に車を降ろした。
波の音が子守歌のように心地よく響く。さやかは相変わらず寝息をたてているようだ。
見上げると満天の星空が広がっていた。
「・・・せっかく最高の舞台が整ったってのに、ヒロインがよっぱらって寝てたんじゃ、
どうにもならねぇよなぁ・・・ロードスター、どう思う？」
啓介はしかたなく一人でロードスターに話しかけた。
「お前はとっても素直に俺の言うことを聞くのに、こいつときたら全くだ。まぁ、もっと
も俺の方も意気地がないのも確かだけどな・・・それにしても、男と二人っきりで車に乗
ってるってのに、よくまぁこんな気持ちよさそうに寝てられるもんだぜ、全く」
相変わらず聞こえるのは波の音ばかりである。
「くそー、何でこんな女好きになっちまったんだー・・・」


どれくらい時間がたっただろうか。啓介は顔の辺りに暖かいものを感じてふと目を覚まし
た。どうやらいつのまにか眠っていたようだ。しかし、まだ夢を見ているような妙な気分
だ。唇に柔らかいものが触れる。
啓介はそっと目を開けた。目の前にあるのは見覚えのある顔・・・さやかだ。啓介は一瞬
驚いたが、これはきっと夢だと思った。
そう思うと気が楽になって、すんなりとさやかのくびれた腰に手を回した。さやかは一瞬
腰を引いたが、すぐに啓介の腕に身を委ねる。さやかの潮の香を含んだ髪が啓介の頬に触
れる。さやかの唇は柔らかかった。
相変わらず、波はＢＧＭを奏でている。啓介は夢が醒めないことを祈った。
（ふふふ・・・）
またあの声が聞こえた。聞き馴れた・・・そう、リズミカルに踊るバルブのような声が。
ロードスターがその身を震わせながら、二人を包んでいた・・・。

コメント 20

素敵なストーリーですね。

浜田省吾のサイドシートの影を彷彿させる文章ですね。
あれは幻想でしたけど・・・

少しのもの悲しさと、少しの甘ったるさ。
オチはロードスターが揺れるものと覚悟していたのですが
最後までゼットンばりの爽やかさでしたね。(^^)
by A.U. (2009-07-14 08:49) 

ハートカクテルを思い出しました。

ロードスターにBGMを流すとしたら…どんな曲になるのかなぁ。
by じろう。 (2009-07-14 09:12) 

BGMは、ドナルド・フェイゲンのナイト・フライでお願いします。
タバコの火を路面に押し付けてもみ消し、さあ、ナイトドライブへ。

by 045 ch-k てゆーかＣ★ちさとでーっすってば（笑） (2009-07-14 11:32) 

オープンカーが欲しくなりました。

だれか一緒に海まで走りませんか？
by 002Z (2009-07-14 13:32) 

みんな早いな、今日は。(^^;;)
今回は・・・オチなしですんなり終わらせてみたバージョン。
素直すぎてモノ足りんかな。(^_^)

あう
やっぱりハマショーなのね。(^_^)

じろる
同じようなもん乗ってるでそ。BGMは？(笑)

ちさとん
またジャズロックなんちゅう玄人好みなとこを来るねぇ、さすがに。マニアック。＼(^_^)/

ぜっとん
あきらんにアルファと交換してって言うたらくれるかも。(^_^)v

> だれか一緒に海まで走りませんか？

そんなこと言うたら、また学園レディースがいっぱい手挙げるやんか・・・・。
自転車でちゅうことにしといて。(笑)
by 015 猫目 (2009-07-14 18:32) 

このロードスターはトランスフォームしないんですね　　（アレ？
久々の登校なのに戯れてしまいました。（失礼）

じろう。さんと同じく　ハートカクテルで乾杯！

わたせせいぞう氏のイラストに松岡直哉氏とか三枝成彰氏のBGM
があれば・・・・・気分は８０’ｓ・・・アノ頃は若かった・・・（遠い目

この物語の続編が・・・・あると嬉しいな　(^^ゞ
by 016ご無沙汰＠AP2 (2009-07-14 18:49) 

今回は、オチなし…。
あっさり風味でしたねえ～。

ぜっとんしゃんが車の助手席に誘っているのは、
やっぱり女子？

助手席だけに女子・・・。

あかん、ええオチでまへん(笑)

来週猫目師匠のオチにお任せ！（ぇ
by 061　ＣＳの語り (2009-07-14 20:14) 

えぴた

はは、トランスフォームして月へでも飛んでった方がオモロかったか？(^_^)

しえすた

たまにはこういう話もエエでそ。
って、そろろそネタ切れ？(笑)

by 015 猫目 (2009-07-15 12:27) 

個人的には「キュキュキュ・・・フォン！」と言うタイミングが好きです(^^)

しかし、1600ccのロードスターとは懐かしいですね。
モスグリーンって所はやっぱり某イギリス車の影響でしょうか？

by 047 みつりんご (2009-07-15 17:17) 

セルの音がエエ車、好きよねぇ。(^_^)
やっぱり「キュキュ！」よね。「ガシャガシャ！」ってのは最悪。
麩麩、1600の初代ん時は、モスグリーンが流行というか、イメージカラーやったんよね。
ま、某英国車の影響もあったやろけど。(^^;;)
当時うちのファミリア1600GTに積んでたエンジンを使ってたんよね。(^_^)v
by 015 猫目 (2009-07-15 18:29) 

初代のイメージカラーはモスグリーンでしたっけ？
当時、知り合いが赤いのに乗っていたので、どうもそのイメージが強くて^^;
初めて見た時には、えらくお尻が幅広いなあ、と言う感想でした。平たいからか、隣に止まってたマークIIよりおっきく見えました。

by 047 みつりんご (2009-07-15 23:55) 

前回までのお笑い路線から一転、ラブロマンス(?)風なストーリーで、素直にすごいなぁと感じました。

どれだけ引き出し持ってるんですかぁ？


校長せんせぇが腕を組んで唸ってる姿が目に浮かんでしまいます。


by 035　とくべぇ (2009-07-16 01:15) 

野暮を承知で申し上げます。

ユーノスロードスターの発売当初のイメージカラーは確か青ではなかったかと…。

青／赤／白の３色(内装色は黒)でスタートし、モスグリーンは後に特別仕様(内装色はタン)として追加になったように思います。

といいますのも、私、発売されて間もない頃に、近くのユーノスディーラーでロードスターを試乗し、カタログと見積り書をもらったことがあるもので。

当時、ユーノスのショールームにいたのは、短いスカートの女性セールス担当ばかりで、試乗に同乗した際に、助手席で何度も脚を組み替えるのが「お約束」みたいでした。

ロードスターに一番似合うＢＧＭはと聞かれれば、ソフトトップにあたる雨音と答えます。

小雨降る中、街路樹の下にクルマを停めてエンジンを切る。

車内に聞こえているのは、幌屋根に当たる雨音…。雨に曇った窓ガラスは、外を行く人の視線から優しく車内を遮って。

by ch-k てゆーかＣ★ちさとでーすってば(笑) (2009-07-16 08:10) 

爽快ですね。やっぱり梅雨の晴れ間には　オープンカーで快適に走るのがいいかなぁと憧ればかりの世界。

おやさんの車は　何人かが目撃してくれましたが軽自動車・・・。
でもね、この子　よく走ってくれるんですよ。目を瞑っていても。

by 032_oyasan @ まおたん。 (2009-07-16 13:04) 

ああ、勘違い？(^^;;)

密林

> 初代のイメージカラーはモスグリーンでしたっけ？

ちさとんも言ってるように・・・違ったみたいね。記憶違い？(笑)


とくべたん

どももども。
引き出し・・・単にオチネタが切れただけ？(笑)

> 校長せんせぇが腕を組んで唸ってる姿が目に浮かんでしまいます。

ほんま！？
じゃ、出版社紹介してね。＼(^_^)/


ちさとん

> 野暮を承知で申し上げます。

> ユーノスロードスターの発売当初のイメージカラーは確か青ではなかったかと…。

そう言われると確かにそうやったかも・・・。(O型
どうも、赤やったという意見もあるな。(^^;;)

そうか、ミニスカートのお姉さんで売ってたのか。(ぇ

> ロードスターに一番似合うＢＧＭはと聞かれれば、ソフトトップにあたる雨音と答えます。

ちさとん・・・相変わらずかっこよすぎ！


まおたん

定年したら2シーターオープンが欲しい猫駄酢。(^^;;)

最近の軽自動車はようでけてます。
遠乗りせんかったら十分やね。
正直、20年前のカローラよりよっぽどエエ。(^_^)

by 015 猫目 (2009-07-16 13:59) 

初代ロードスターのイメージカラーは“赤”が正解みたいです。
マツダのサイト（名前のところをクリック）を見てきました。
出てきたのは赤い色したロードスターでした。だから“赤”が正解。

モスグリーンのは“Ｖスペシャル”といって、タン色の内装で本革シート、ナルディの木製ステアリング＋シフトノブを採用してました。

記憶の中では、このＶスペシャルが一番印象に残ってるので、モスグリーンがイメージカラーというのは納得ですよ。

by 045 ch-k てゆーかＣ★ちさとでーすってば（笑） (2009-07-16 18:26) 

oyasanの軽はそんじょそこらの軽とは違う。

すごかとばい。

なんてったって軽で球磨川下りにチャレンジし

そのまま遭難してたらしい。

確か遅れたのそうだったよね？ｗｗｗ


by 037_黒犬 (2009-07-16 23:42) 

ちさとん

赤やったのね、やっぱり。
そか、モスグリーンはVスペックだったのか。
印象が強かったので記憶に残ってたのね。(^^;;)

尾は白い黒犬たん(^_^)

そんなすごい軽なのね、まおたんのは。
水陸両用？＼(^_^)/

by 015 猫目 (2009-07-17 20:10) 

猫目ししょ！爽やかラブストーリーもいける！

車ってよく女性に例えられますよね。ギターとかも。
男のロマンですな＾＾

私はロードスターが嫉妬して暴れ出す話かと思った（笑）

by 011 まちるだ (2009-07-27 11:33) 

おー、まっちーもやっと来たねー。(^_^)
そうそう、やっぱり男の愛するものはみんな女性になるんよね。

> 私はロードスターが嫉妬して暴れ出す話かと思った（笑）

まっちーやないんやから。(ぇ
by 015 猫目 (2009-07-27 21:17)