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【寄贈本】車のある風景 ボルボ -ヌコ文庫- [図書室]


「おっと! 何やってんだあの車?」
長谷川明は一人呟いた。
ここは、市営プールの駐車場だ。彼は毎週2回、仕事を終えてから、この温水プールに通っ
ていた。
普段机に向かって座ってばかりの仕事のため、どうしても運動不足になってしまう。そん
な折り、友人にここの話を聞いてやってきてみると、案外面白くて通うことにしたのであ
った。それに、今まで知らなかったが、結構若いOLなども多いのだ。
 それで、いつものように駐車場に車を止めようとしたのだが、なにやら外車らしきのが、
空き巣ペースの辺りでうろうろしていた。
しばらく様子を見ていたが、その車の反対側に空いている場所を見つけたので、外車の横
をすり抜けて、そこに駐車した。
彼がエンジンを止めた後も、まだその外車は前進とバックを繰り返していた。どうやら、
初心者のようで、空きスペースに入れられないようだ。
そうこうしているうちに、いきなりバックしてきた。
「ブオー!」
「えっ!? うわー!」
「グゥワシャ!!」

明は信じられないという顔で、車を降りた。どうせどっかの金持ちの奥さんか何かが運転
しているのだろうと、外車の方に歩きだしたとき、ドアが開いた。
しかし、彼の予想を裏切って、ドアから出てきたのは、赤いヒールとミニスカートから伸
びたきれいな足だった。
(おっと、どっかのお嬢様か?)
愛くるしい顔、きれいにカールした髪、まだ二十歳そこそこだろうか。
その薄い唇から、想像した通りの台詞が漏れた。
「まあ! 大変! どうしましょう!?」
相手の車は後部左の角が明の車のグリルに当たっていて、明の車の損傷が激しい割には、
バンパーが凹んでいる程度だった。
しかし、明の車はラジエターがひん曲がり、ドクドクと水が溢れていた。
「ありゃぁ! こりゃだめだ・・・」
「ごめんなさい・・・私が家まで送るわ」
女はたいして悪びれた様子もなく言った。
「え、でも」
「遠慮しなくていいわ。さあ、載って頂戴」
「うん・・・」
もう一度車を見たが、とても走れる状態ではなさそうだ。しかたなく外車の助手席に座った。
「ごめんなさいね。家はどこかしら? あ、その前にちょっと付き合って頂けるかしら?」
女はにっこり笑った。
「え? ああ、いいけど・・・」
どうもこういうタイプは苦手だ。被害者であるはずの明の方が緊張気味で言いなりになって
いる。

女は車をスタートさせた。
「私山下まみって言うの、あなたは?」
「え、ああ、長谷川明・・・」
「長谷川明さん・・・なんだか映画俳優みたいな名前ね」
山下まみと名乗る娘は、お嬢様スマイルを見せて、車を市の中心部に向かって走らせた。
(いったい何処へ行くんだろう...?)
明は考えながら、ふと思った。
「どうも、君みたいなかわいい娘に似合わない、車だね・・・」
つい言ってしまってから、つまらないことを言ってしまったと後悔したが、まみは少しも
気に止めない様子で言った。
「やっぱりそう思う? 実はこれ、父に選んで貰ったの。さっきのでもうわかってると思
うけど、私、すごく運転が下手なのよ」
「え、いや...」
いきなり悪気もなく事実を言われて明は言葉に詰まった。
「それで免許を取ったときに、父がこの車じゃないと、買ってくれなかったの。これ、ボ
ルボって言うんだけど、すごく安全で丈夫なんですって...」
そういえば、確かテレビのコマーシャルで昔やっていたのを思い出した。
ボルボを何台も積み上げたり、吊したクレーンから落としたりしても、大丈夫というコマ
ーシャルだ。
そうこうしているうちに、車はとあるビルの地下に入って行った。
守衛室の前で車を止めたまみは、守衛に声を掛けた。
「川島さん。車お願い」
そう言うと車を降りた。
「わかりました。お嬢様」
「長谷川さん。こちらへどうぞ」
「あ、はい!」
明は慌てて車を降りた。
全く、これじゃどっちが被害者かわからない。
参ったなぁと明は頭を掻きながらまみの後に続く。

エレベータは、最上階で止まった。
ドアが開くと、靴が沈み込みそうな絨毯が、部屋に向かって伸びていた。
まみは、手慣れた様子で、”会長室”と書かれたドアを開けた。
女性が一人座っている。どうやら秘書か何かのようだ。
「岡田さん。パパいる?」
「はい。お嬢様」
「長谷川さん。どうぞ」
「は、はい!」
明はなすすべもなく、まみに続いた。
奥の部屋には、ロマンスグレーの紳士が、贅沢な椅子に腰掛けていた。
「パパ。また車ぶつけちゃったの」
「なに!? 怪我は?」
「ううん、私はなんともないんだけど、彼の車がダメになっちゃったの」
「なんだ、そんなことか」
人の車をお釈迦にしておいてそんなことかはないだろう、と思ったが、むろん今度は口に
出さなかった。
「だから、買ってもいいでしょう、車?」
「ああ、好きにしなさい」
「ありがとう。じゃぁまたね」
「もううろうろしないで、早く家に帰りなさい」
「はーい...」
もうまみは部屋を出ていた。


「さあ、何処がいいかしら...?」
まみは、ボルボに乗り込むなり言った。
「え? どこって...?」
「決まってるじゃない、カーディーラーよ。あなたの車を買いに行くのよ」
「なんだって!? 僕の車? ま、待ってくれよ、保険で直すとかじゃないのかい?」
明はとんでもない提案に焦って聞き返した。
「そうよ、さあ何がいいの?」
「何がいいのって...」
明は頭が痛くなってきた。もう半分自棄になりかかっていた。
「よし、じゃレクサスにしよう!」
明は、彼が知っている中で一番高そうな名前を言った。へへ、値段を聞いて、びっくりし
たって知らないぞ・・・。
が、まみの言葉は彼の予想を遥かに越えた。
「あら、それって国産車じゃないの? どうせなら外車がいいわよ」
「へ!? ・・・君に任せるよ」
もう答える気力をなくしてしまった。
だが、そんなことに構わず、まみは車を走らせた。
「あら、やけに混んでるわね。他に道知らない?」
「え? ああ、そこを左に折れて、川沿いを走れば、たぶん空いてると思うけど・・・」
「そう、ここね・・・」
車は堤防の上に出た。
「結構狭いわね・・・」
気の抜けている明は、まみの運転技術のことを、すっかり忘れていた。
そこへ対向車がやってきた。
「狭いから、気をつけてね! 路肩が弱いから・・・」
だが、明が言い終わるか終わらないうちに、その忠告は無駄に終わった。
「あ、そんなに寄っちゃ...うわー!」
「ガターン!」


気が付くと、世界が逆さまになっていた。
いや、どうやら彼の方が、逆立ちしているらしい。
「大丈夫?」
隣でまみの声がした。
「あ、ああ、なんとかね・・・」
「あーあ、またやっちゃったわ。でも、丈夫なボルボで良かったでしょ・・・」
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026 Old Y


山下まみさん、是非ぶつけていやお逢いしたいものです(笑
走行距離約15万km、傷無数につき国産の1.8か2.0クラスで
充分なので・・・。

でも、世の中にはいるんでんしょうね。こんな女王様じゃなくってお嬢様 !!!

その昔、ほんのちょっとの期間ボルボの1800アマゾン、当然中古(親父のお下がり)に乗ってました。ドアの鉄板の厚いこと!まるで装甲車に乗ってる気分だったのを思い出しました。

ありがとうございます、今週も楽しませていただきました。

by 026 Old Y (2009-06-30 11:57) 

A.U.

ホクオーマンセー!

他の車を潰してしまう丈夫な車マンセー!

まみさん、僕の車も買って貰えるようにパパに相談して下さい。
by A.U. (2009-06-30 22:14) 

033 オーヤ

今回も白犬でした。

ボルボが戦車のように頑丈、というのは、
車に詳しくない私も聞いたことがあります。

それで、なんといいますか、、
すっと流れるように小説の世界に入り込めました。
こんなおもしろいお嬢さん、実際にはいないのでしょうけど、
本当にいるような気がしてきました。

世の中は、きっと、楽しい…そんな気持ちになりました。
ありがとうございました。

by 033 オーヤ (2009-06-30 23:23) 

Prince

ぜひぶつけていただきたいッ
外車ディーラーへ一目散に行こうッ










あ、ちょっと待って、ぶつけてもらう車買ってくるから

by Prince (2009-07-01 15:36) 

061 CSの語り

今回はボルボ。ううん、ボルボー♪

北欧車って、特別な風格を持っています。
あの、独特な感じ。トルクがある感じ。

で、お茶目なお嬢様が破天荒な行動をして、
それに振り回される、普通の男。

今回はほのぼの系だすね?
づるたんといい、猫目師匠といい、
この難しい梅雨の季節に、
ほんのりとやさしいテイストの連載。

ええだすよねー(笑)
というか、ここまで来ると、連載なくならないで!
ってなちゃってますが、どうしましょ?

え?そんなんしらん?

お後がよろしいヨーデル


by 061 CSの語り (2009-07-02 00:38) 

さに

こんな危ない車が走ってたらこわいなぁ。でも、すこーしだけ近いものがあるので、私はペーパードライバー。
友達が昔ボルボでした。小柄で華奢な見た目とは違い、男らしい運転をする人で、同性ながら運転する姿に惚れてました。なつかしい。
by さに (2009-07-06 00:23) 

032_oyasan @ まおたん。

おそくなりましたぁ^^
やっと文庫よめた。

なんと、ボルボの頑丈なこと。
なんと娘さんの気丈なこと。(こういうのは気丈とはいわないけど。)

おじょうさん 乗っちゃだめですよぉ
でも、やめるのなら 僕の車にぶつけてからにしてね^^



by 032_oyasan @ まおたん。 (2009-07-06 12:53) 

Z

えー・・・

今、次の車を何にしてもらうかを検討中です。

1台に決めないと池無いですよね?



by Z (2009-07-12 15:44) 

015 猫目

あー、こっちにレス忘れてた。(^^;;)

おるでぃ
へー、ボルボ乗ってたのね。(^_^)

あう
あうの車はボルボより上部でそ。(笑)

おーやち
おーやちには猫話は柔らかすぎかも。(^^;;)

ぷりたん(誰?
麩麩、顔に傷あるおぢさんにぶつけられんよにね。\(^_^)/

しえすた
まぁ、もう少しはネタが・・・あるのか?(^^;;)

さにたん
ははぁ、ペーパードライバーですか。
気をつけてください。m(__)m

まおたん
ぶつけて欲しいねぇ、こういうお姉さんに。(^_^)

ぜっとん
あー、ぜっとんのアルファにはぶつけんよにせんとね。(^_^)

by 015 猫目 (2009-07-12 19:29) 

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