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正義の味方 [図書室]

警官は女が通るのを見るともなく見ていた。駅前の商店街で働き始めた彼女は、いつも同じ時間に交番の前を通り、帰宅する。

彼女がふらふらと交番を訪れたのは、もう一月も前のことだったか。
その端正な顔にいくつもの青あざを浮かべ、話を聞いてほしいと言った。
冷静に考えれば、すぐに病院に連れていくべきだったのだろう。しかし、それができなかったのは…。

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「じゃあ、巡回いってきます。」

彼の交番は下町と山の手の境目にあった。駅前から続く商店街は現在でも活気があり、夕方は大いに賑わう。
さすがにこの時間では、家路を急ぐサラリーマンが足早に通り過ぎるだけ。人通りは少なく、シャッターの閉まった商店街は一層暗く感じる。

ギターを抱えた青年がいつもの場所で歌っている。お世辞にもうまいとは言えないが、それなりにファンはついているようだ。まばらな拍手を自転車の背に受けながら、商店街を抜けていく。

今日はどちらを回るか?

一瞬迷った後、左にハンドルを切り山の手の住宅街に向かう。ほどなく下町との区切りとなっている小さな川にぶつかった。夕方は涼を求める人が多いが、この時間では人影も見えない。先日寄せられた、不審者の目撃情報が頭をよぎる。

何かが聞こえた。
悲鳴ではない。
もっと、押し殺すような何か。

警官は橋のたもとに自転車を止めると、警棒に手をかけながら土手をゆっくり下りていく。

いた…

明るい色のワンピースの若い女性、胸の前にショルダーバックをしっかりと抱いている。
男はこちらに背中を向け、左手を女に差し出している。顔は見えない。

「何をしている!」

警官は右手に警棒を握りなおすと、フラッシュライトを向けた。
驚いたように振り返る男。右手には大きなナイフが握られている。

「ようし、そこまでだ。 ナイフを捨てて、手を挙げろ!」

逃げていく女を横目に見ながら、男に向かって声をかけた。
見れば髪はぼさぼさ、ぶよぶよとたるんだ体に真っ青な顔。金目当てとも思えない。
こちらの言うことが分かっていないのか? ただブルブルと震えている。

「聞こえなかったか? ナイフを捨てろ!」

震えるその手からナイフが離れる気配はない。
ゆっくりと近づく…
刺激してはいけない…
おびえた目が、警官を見つめる…

「もう一度言う、ナイフを捨てろ。」

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あと一歩。

そう思った瞬間、男の目がギュッと閉じられた。

「もうちょっとだったのに…、もうちょっとだったのに…、何で邪魔するんだぁ!」

ナイフを振り回しながら飛びかかってきた男を、警官は余裕を持ってかわすと警棒を振り上げた。小学生から始めた剣道はいまでも稽古を欠かさない。そんな警官にとって、素人の、しかも目をつぶった攻撃など当たるはずもない。
警棒が背中に当たると、男は蛙のように地べたに這いつくばった。
それでもナイフを放さない男の口からは、嗚咽が聞こえてきた。

「痛い、痛いよぉ。 まだ何もしていないのに…。」
「ひどいよぉ…。 訴えてやる…、訴えてやる…」

警官は男が立ち上がるのを、じっと見ていた。

「笑うなぁ!」

再び飛びかかってくる男の、ナイフを持つ手に警棒が叩き込まれる。
ボキリ。 

笑った? 俺が? 

「許してよぉ、痛いよぉ…。 骨が折れちゃった…。救急車、救急車…。」

男の顔は、涙でぐちょぐちょだ。しかし、近づく警官を見ると、おびえたように身をすくませた。

自分の持つ圧倒的な「力」を、警官は初めて実感した。体が熱い…

ゆっくりと、警官は男に近づく。
腕を押えしゃがみこむ男の、その折れた腕にナイフを持たせると、警官は一筋、また一筋と自分の体に傷をつけていった。

「傷害の現行犯だな…」

そして警官は、警棒を振り上げた…


「危ないところだったな。」
「いえ、あんな奴にやられるなんて…。恥ずかしいです。」

110番通報で駆け付けた先輩警官の指示で、警官は犯人とともに病院へ運ばれた。

「いや、あの状況じゃあしょうがないよ。下手すると君が刺されていたんだから。」
「大丈夫、大丈夫。幸い被害女性も名乗りでてくれたしな。」

見舞いの花束を抱えた被害女性が、先輩警官達の横で頭を下げる。

「本当にありがとうございました、なんとお礼を言ったらよいか…」
「気にしないでください、自分の職務ですから。こんなのかすり傷です。」
でも…、と言いかける女を遮るように、先輩警官が笑う。

「そうですよ、何てったってお巡りさんは「正義の味方」ですから。」

和やかな病室のベッドの上で、警官は何かを確かめるようにその手を見つめた。

「………」

しかし、そのつぶやきはだれにも聞こえなかった。

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どーも、THです。
先週に引き続き、ちょいと暗めのTHノベルズとなりました。

まるで、どこかで見たコラムのようですが、戯言ではありません。
このコーナーは「THノベルス」なので、「あとがき」ということにしておいてく
ださい。

まず読んで頂いた皆さん、ありがとうございます。
本来なら、コメントにレスをしたいところなのですが、ちょっと思うところがあります。
そのうちまとめてお答えしますので、ご容赦ください。

でも、ちゃんと読んでますよ。
いろいろな見方があるなあと、新しく気付かされることばかりです。

ということで、もうしばらくお付き合いの程、よろしくお願いします。


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コメント 9

A.U.

THさん

今回も少々怖かったですが、警官の『気付き』の兆しには
何かあるのやもしれませんね。それがより深みにはまる
自分なのか?違和感なのか?

それよりも私は女性の受け止め方に興味があります。
どう思っているのかの部分で。

by A.U. (2009-06-18 12:50) 

015 猫目

今回も結論は読者にゆだねるのね。(^_^)
さて、警官は何とつぶやいたんでしょう・・・。
おかしいなぁ、このロボットアーム、時々暴走するんだから・・・(ぇ
by 015 猫目 (2009-06-18 15:08) 

026 Old Y

国家権力に守られた暴力の行使と自分の欲望を抑えきれない警官・・・。いや~、怖いですね、恐ろしいですね!

>その端正な顔にいくつもの青あざを浮かべ、話を聞いてほしい>と言った。
>冷静に考えれば、すぐに病院に連れていくべきだったのだろ
>う。しかし、それができなかったのは…。

この女性も倒錯した世界の住人ではないか?
病院へ連れて行けなかったのは、警官自信の心の病がばれてしまうから・・・。

そして、警官のつぶやきは「この腕が…、この腕が勝手に…。オレが悪いんじゃない…。」なんてね。
正義の味方、その正体は・・・麩麩麩。


捻じ曲がっているのは私の方なの鴨(笑)

次回はどうなるんでしょうか、期待してます。
by 026 Old Y (2009-06-18 17:04) 

056 kk

連載物だったのね、と今頃気づく盆暗な私です。
今後も続くということで、ちと今回ので判らなかったことが2点ほど。
1、「じゃあ、巡回いってきます。」からとその前までの時間の前後関係がわからなかったです。「じゃあ、巡回いってきます。」からの出来事が「警官は女が通るのを見るともなく見ていた。」の後なのか、例えば1年前とか半年前とかのことだったのか。
2、「警官は何かを確かめるようにその手を見つめた。」の「その手」は警官自身の手か被害女性の手か。

通常で考えれば2は警官自身の手ですが、1はどうにもわかりませんでした。次回判明するのか?

ということで、今回のはまだちと詳しいコメントはし辛いお話でした。
by 056 kk (2009-06-18 20:29) 

032_oyasan @ まおたん。

ぼくの読み方が浅いのかもしれない。
1章がおわって、1ヶ月前の商店街から歩いてくる女性との出会いを描いているのかと思ったら、感覚的にどうも違う感じがする。
彼女が去った後、そのままの時系列で巡邏に出たという感じで読み解くのかな。

そうすると、kkさんのいうように前作を引っ張ってるイメージがあって、また秀逸だなぁと あとで思った。

ナイフを持った男の狂気、もうちょっとって何だろう。
そうすると被害女性とは怨恨。
それとも たまたまの通り魔的犯行。
いずれにしても このおとこの 幼稚さとナイフを持つという凶暴さが怖い。

そして、主人公の警官。
なにが無抵抗になるまでの暴力へ駆り立てたのか。
そして自虐・・・ ナイフ男を陥れるためか、自らの行為を事後的に正当化するためか、骨折させたことを省みての自虐か・・・
この心理を考えると、また ぞくぞくとしますね。


いろんな読み方ができる小説で こわいです
by 032_oyasan @ まおたん。 (2009-06-19 12:47) 

045 ch-k てゆーかC★ちさとです


第1話でDV被害に遭ってた女性が駆け込んだ交番の警官が今回の主人公なのですね。女性が駆け込んだときに、彼は彼女をすぐに病院へ連れて行くべきだったのにそれをしなかった。

なぜか?

彼には秘密の「趣味」があったからだ。彼女を病院へ連れて行かずに彼が向かった先は彼女の住むアパートだった。目的は「趣味」を愉しむため。しかし、そこでは予想外の事故が起きていたため、彼の「趣味」が満たされることはなかった。

彼の「趣味」lとは何か? 彼はどのようないきさつでその「趣味」に目覚めたか?

それが今回のエピソードで明らかにされたのですね。



by 045 ch-k てゆーかC★ちさとです (2009-06-19 18:44) 

045 ch-k てゆーかC★ちさとです


すみません。

上記の「しかし、予想外…(中略)…なかった。」の部分を脳内で削除してお読みくださいますよう、お願いいたします。
m(__)m

by 045 ch-k てゆーかC★ちさとです (2009-06-19 20:06) 

061 CSの語り

小説読まない私としては、変な感想を持ちます。
警官が、ナイフで自分の体を傷つけ、傷害の現行犯として犯人を逮捕。犯人が違うといっても、状況証拠がばっちりそろっているので、誰も聞いてくれない。
ということで、ナイフをもって警官に襲いかかるのはやめようと思う次第でした。んなわけねー(笑)

>和やかな病室のベッドの上で、警官は何かを確かめるようにそ>の手を見つめた。
>「………」
>しかし、そのつぶやきはだれにも聞こえなかった。
たぶん、そのつぶやきは…、
「おかしいなぁ、このロボットアーム、時々暴走するんだから」
by猫目師匠
じゃなくって、「またしたい。人間の体を壊したい。」



by 061 CSの語り (2009-06-20 08:59) 

030 ダルコ

どんな風に登場人物が絡み合っていくのか…ハラハラしますね~。
「正義の味方」の警官は、痣だらけの彼女のDV夫も殺したの?
暴力に目覚めたきっかけが今回のお話?
次の主人公はヘタレなナイフ男だろーか?
うう~!続きが早く読みたい、ダークな世界。
by 030 ダルコ (2009-06-20 20:57) 

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