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《白旗新聞》 パリから来た少女~美術館に眠る小さな秘密~ [校内新聞]

みなさんは美術館の収蔵庫に入られたことがあるだろうか。

残念ながら、わたしは、ない。

美術館では展示しきれない作品を保管するために必ず収蔵庫を
用意する。
常設されている展示の定期的な作品の入れ替えや、あるテーマ
に沿った一時的な企画ものの展示の実施で収蔵庫に収められて
いる作品が出てくることはあるが、多くは人の目に触れる機会
がないままひっそりとしまわれている。
作品の劣化をできるだけ少なくするために温度と湿度が一定に
保たれた収蔵庫は、おそらくひんやりとして薄暗く、ひそやか
な空間に違いない。
そしてたくさんの作品が、棚に並べられ、あるいは引き出しに
、あるいはダンボールの箱に入れられて、もしくは覆いをかけ
られて見渡す限りならんでいる。いつの日か学芸員によって運
び出され、日の目を見ることを夢見ながら静かに待っているの
だ。

これはそんな場所に眠るひとりの少女と彼女が背負っている秘
密についての話である。

ロンドンに単身赴任していたわたしの祖父がパリへの出張の際
に伯父を訪ねたのは1956年8月のことだ。戦争画を手がけたこ
とによる国内での批判に嫌気がさして1949年には日本を離れ、
前年の1955年にはフランス国籍を取得していた伯父だったが、
祖父の来仏を喜んで自宅に迎えてくれた。伯父の名は藤田嗣治
という。
伯父が昔、祖父の父に絵を贈っていたことを知っていた祖父は
思い切って、自分も1枚譲ってもらえないかお願いをした。
「君の気に入ったのを一枚あげよう」と伯父はニコニコしたそ
うだ。祖父はアトリエ中の作品を見てまわった。持ち帰りに困
らない程度の大きさのもの、と考えていたところ、ひとりの少
女の絵が目に留まった。

彼女はフジタの作品特有の乳白色の肌に亜麻色に波打つ長い髪
をなびかせていた。広い額に純真な眼、ふっくらとしたほほに
微笑をたたえているようにも見える口元。襟ぐりのあいた服を
着てこちらを見ている少女はあどけないモナ・リザのようにす
ましてポーズをとっている。
その作品にすると言うと伯父は「そうか、君もそれが気に入っ
たのか」とうれしそうに笑って、持ち運ぶ準備をしておくと言
ってくれたそうだ。
数日後にあらためて祖父が伯父の家を訪れるとお手製の額縁に
いれ、裏に甥へのプレゼントであることを記したキャンバスを
見せてくれた。

絵をもらった2日後がパリ出張の最終日だった。上司が慰労と
して昼食をご馳走してくれたのだが、このときワインを飲みす
ぎてぼんやりしていたらしい。当時としてはかなり高価だった
ニコンを空港まで乗ってきたタクシーに置き忘れてしまったそ
うだ。だから、そのときの写真は一切残っていない。今でもあ
るのは少女の絵と祖父の思い出だけだ。


そしてその少女も今は祖父の手元には残っていない。50年近く
祖父の家に飾られていたが、保管がむずかしいうえ、たくさん
の人に見てもらいたいという祖父の願いから上野の美術館に寄
贈された。寄贈にあたって祖父は美術館にお願いをした。ひと
つはこの作品が展示される際にはかならず通知してもらうこと
。そしてもうひとつはこの作品が美術館に収蔵されることにな
った経緯を記した祖父の文章を作品の裏に常に挟み込んでおく
こと。
祖父は伯父に会ってこの絵を譲ってもらったときのことを文章
にしたため、美術館に託した。

美術館に引き取られた当時、少女の絵は劣化が進み、表面上に
は塩の結晶が浮き出ている状態だった。フジタお手製の額縁も
ゆるみ、ガムテープでなんとかおさえているというありさまだ
った。美術館は絵を洗浄し、額縁を修正して昔の姿を取り戻し
た作品の写真を送ってくれた。祖父の書いたパリの思い出も少
女の背中に収められた。

そして彼女は今、収蔵庫で眠っている。「この絵の由来」とい
う祖父の思いを背負いながら。
きっとたくさんの他の作品と同じように薄暗いすみで、いつか
誰かの手に取られ、壁にかけられる日を待っているにちがいな
いと思うのだ。

学籍番号50番ナバホ
foujitaナバホ.jpg


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014けんづる

少女の絵。素敵です。
けんづるには美術の素養も、見る目もないですが、
お祖父さまがその絵を選んだ理由がわかる気がします。
けんづるにも、少女が微笑んでいるようにみえます。
凄く優しく穏やかな目で。。。


想い出とともに収蔵庫で眠る少女の絵。
公開されるときにはぜひ拝見したいものです!!


by 014けんづる (2009-05-31 16:46) 

015 猫目

流石に美術館の収蔵庫は覗いたことないけど、猫も絵が好きで、学生時代からよく京都美術館や奈良美術館に行ってました。
生の絵ってほんとに生きてるよね。
あれは写真や印刷じゃ絶対に伝わらない。実物を見ないとね。

ということで、この絵の息づかい、伝わって来ます。
本物が見たい!
by 015 猫目 (2009-05-31 20:54) 

THです

オー、びっくりした。

藤田さんは最近テレビでも何回か特集が組まれてますね。

藤田画伯の鼻と唇が好きです。

この絵もそうですが、画家に視線を当てていないのも
子供らしくて好きです。

すばらしい思い出ですね。
中には「俺と一緒に焼いてもらう」と抜かした成金親父も
いますが、美術品はみんなの宝です。
すばらしいご決断に一ファンとして感謝申し上げます。

素敵な思い出ですね、うらやましいです。

by THです (2009-05-31 21:59) 

045 ch-k


こんな絵があったんですね。写真だけでもこれを見ることができて嬉しく思います。アップしていただきましてありがとうございます。この絵はすばらしい宝です。
こういう宝は後の世まで伝えなければなりません

美術館に寄贈されたお祖父さまの決断は正しかったと思います。

それにしても、描かれた少女の静かな光をたたえた瞳と優しく微笑む口元、豊かに波をうって流れる髪にからめた指先。どれをとっても見る人を惹きつける魅力にあふれています。

ナマで、ジカにホンモノをこの目で味わいたいと思います。

許されるものならば、描かれた髪の流れを、しなるような細い指を、柔らかそうな頬を、この指でなぞってみたいとさえ思います。

そうして、この絵を描いた画家の絵筆が舞った軌跡をたどってみたい、画家の心に触れてみたいと思います。

いいものを見せていただきました。ありがとうございます。


by 045 ch-k (2009-06-01 00:06) 

050 ナバホ

けんづる様

この絵を選んだとき、フジタはとてもうれしそうだったと祖父から聞きました。
フジタもお気に入りの一枚だったんじゃないかなって思います。
寄贈直後に一度展示されたことがあるのですが、それっきり日の目を見てません。
とてもいい作品なので見てもらえないのはもったいないのでせめて写真をってことで今回投稿させてもらいました。
by 050 ナバホ (2009-06-01 21:54) 

050 ナバホ

猫目様

最近は印刷技術もかなり発達してだいぶリアルになってきたみたいですが、やっぱり本物の放つ光はちがいますよね。
特にフジタは女性の白い肌を描くのに独特の手法を用いていたのでこれはぜひ生で見てもらいたい。

それにフジタは猫が好きでよく描いていたんですよ。
きっと師匠も好きになる作品がたくさんあります。

http://images.google.co.jp/images?hl=ja&lr=&um=1&sa=1&q=%E8%97%A4%E7%94%B0%E5%97%A3%E6%B2%BB%E3%80%80%E7%8C%AB&btnG=%E7%94%BB%E5%83%8F%E6%A4%9C%E7%B4%A2&aq=f&oq=
by 050 ナバホ (2009-06-01 21:59) 

050 ナバホ

TH様

最近フジタの企画展が開催された関係で、あちこちのテレビでも取り上げられていたみたいですね。
諸事情により、これまでフジタ単独の企画展ってなかなか実現しなかったみたいなのですが、これからは作品を目にする機会が増えそうです。
この少女、何歳ぐらいなんでしょうね。
とても大人っぽくも見えますし、実はとっても小さい子なのかもしれないし、見るたびに不思議な感覚にとらわれます。
by 050 ナバホ (2009-06-01 22:03) 

050 ナバホ

ch-k様

フジタの生涯をつづったものとしてはこんなものがあります。
http://www.amazon.co.jp/%E8%97%A4%E7%94%B0%E5%97%A3%E6%B2%BB%E3%80%8C%E7%95%B0%E9%82%A6%E4%BA%BA%E3%80%8D%E3%81%AE%E7%94%9F%E6%B6%AF-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%BF%91%E8%97%A4-%E5%8F%B2%E4%BA%BA/dp/4062752921/ref=pd_bxgy_b_img_a

「あの」大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品です。

フジタ自身が書いた本もありますので機会がありましたらぜひどうぞ。
by 050 ナバホ (2009-06-01 22:09) 

032 おやさん

すてきなお話ありがとうございました。
ウィキペディアも見ました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E7%94%B0%E5%97%A3%E6%B2%BB

少女の表情がとても愛らしいですね。そして指先がとってもかわいらしいです。

ぼくは絵のことは分からないけど、漫画にギャラリーフェイクというのがあって、そこでは美術修復家で 元メトロポリタンのキュレーターが 藤田玲司という名前です。

そんなこんな いろんなことを思いながら
少女の絵を眺めさせていただきました。


by 032 おやさん (2009-06-02 12:59) 

033 オーヤ

…すごい。なんだか、トクした気分です。
フジタって、あの、レオナール・フジタ。パリの寵児と呼ばれた。
芸術に大変暗い私だって、その名前ぐらいは知っています。
歴史的な人物をめぐる素敵なエピソード、そして実物の写真…
個人的に、芸術は崇め奉るようなものではないと思うのです。
時代を生きた人の息吹というか…生活の中で、大切にしてきた思いを飾る宝物。
その思いが、絵を、ただの絵ではなくし、というか人間味を加味して、
観る人の心に絵が入ってくる手伝いをするのでしょうね。
それが、時代を超えて受け継がれる…実に、素晴らしいお祖父さまですね!

by 033 オーヤ (2009-06-02 22:33) 

045 ch-k


あっ、オーヤさん見っけ!
なんだか最近ちょっとご多忙のご様子。いかがですか?
でも、お久しぶりです!お目にかかれて嬉しいです。

>ナバホさん
ご紹介いただいた本、図書館で予約しました。
早ければ今週末にも読むことができそうです。


by 045 ch-k (2009-06-02 23:33) 

023QT

少女の目に惹き付けられますね。
不思議な眼差しです。
彼女の右目には何とも言えない優しさが、左の目からは強そうな意思が表れているような、、、
子供の危うさと大人っぽい落ち着きが同居している、ほんとに不思議なそれでいて美しい絵ですね。
貴重な物を共有して下さってありがとうございます。

そういえば美術館にはずいぶん足を運んでないなー。
ココロが枯れてます。
潤いを補給しにいかなきゃ。



by 023QT (2009-06-06 09:14) 

061CSの語り

ナボホさん

しえすただす

文化の素養がないわたしは、米どうしようか悩みました。
で、こんだけ米遅くなっちゃった←深い意味は全くない

絵は写真と違い、書く人の思いが込められると、
絵の好きな先輩から聞いたことがあります。

少女の絵は、どことなく深く、また静かな印象で、
ちょっと悲しげである印象をうけました。

また、絵は見る人によって、感想が違う。
当たり前ですが、見る人の事情が反映されるため、
2度おいしいとその先輩が締めくくったことを思い出しました。

芸術は難しい印象がぬぐえなかった20代。
でも、子供が生れ、30代になったら、絵とか、
彫刻とか、違った印象を持てるようになりました。

ナバホさんの次回の新聞期待します(ぇ
by 061CSの語り (2009-06-07 09:08) 

031 11 @ 絵心は皆無

美術館って、閲覧できない絵も多いんですね。
それすら全く知らなかったぉ。

みんなも書いているけれど、美術館に寄付するってのが素敵。
でも、美術館なんて1年に1回も行っていないなぁ。。。

今度会社の近くの美術館、行ってこよう。
by 031 11 @ 絵心は皆無 (2009-06-07 22:58) 

050 ナバホ

レスが大変遅くなってしまいました。


おやさん様 (って変かな?)

あの指先だけでも女性らしさを感じますね。
そのマンガの登場人物がフジタをもじったものかどうか分かりませんが、そんなことも想像すると楽しいですよね。
美術館の絵にもそんな風にパロディとか隠れた意味を持つものとかあって探るのも楽しいですよ。





by 050 ナバホ (2009-06-11 21:46) 

050 ナバホ

オーヤ様

そう言っていただけるとうれしいです。
この少女の絵は祖父の家の今にずっとかけられていてわたしたちを見守ってくれていました。
いつの日か、あの絵を手に取った方が祖父の文章に目を留めて、描かれた時やそのあと日本にやってきた時のことに思いをはせてくれたらうれしいなって思います。
by 050 ナバホ (2009-06-11 21:52) 

050 ナバホ

QT様

>右目には何とも言えない優しさが、左の目からは強そうな意思が

確かに言われてみるとそうかも!
かわいらしいのにどこか憂いを帯びているようにも見えなくないし、幼いのか年頃なのかも見る人によって意見がかわりそう。

美術館気が向いたら足を運んでみてくださいね。

by 050 ナバホ (2009-06-11 21:56) 

050 ナバホ

CSの語り様

同じ作品でも年齢によって見え方も変わることはよくあります。

わたしはベラスケスの作品をこの前ひさしぶりに見て、感動しました。今まではそんなにすごいとは思ってなかったのにやっぱり天才だったんだと実感しました。

こんな絵を描いてました。
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&q=%E3%83%99%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%82%B1%E3%82%B9&lr=&um=1&ie=UTF-8&ei=tf8wSvrhBJGPkAWBztm3Bw&sa=X&oi=image_result_group&resnum=1&ct=title

むずかしく考えず、ぜひ美術館に家族で行ってみてくださいね。
わたしは小さい頃わけがわからず連れて行かれたのを今は感謝しています。
by 050 ナバホ (2009-06-11 22:04) 

050 ナバホ

11様

職場のまわりにいっぱい美術館あるのに、もったいない!
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&lr=&um=1&ie=UTF-8&q=%E5%85%AD%E6%9C%AC%E6%9C%A8%E3%80%80%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8&fb=1&split=1&gl=jp&view=text&ei=IAExSvunCIKgkQWl6aXiBw&sa=X&oi=local_group&ct=more-results&cd=1&resnum=4

森美術館なんて、とっても楽しそうな企画が満載ですよ。
デートで行くのもいいかもね。

わたしの家族は国立の美術館はいつでもただで入れるの。
だから国立新美術館はみんなよく行っています。
こちらもとても気持ちのいい場所ですよ。
by 050 ナバホ (2009-06-11 22:09) 

045 ch-k てゆーかC★ちさとです


>ナバホさま

ご紹介いただいた本、図書館から取り寄せて昨夜から読み始めました。今朝の通勤時の地下鉄車内でも読んでいました。新宿で目の前の座席が空いたので座って読み続けました。「青山一丁目」で降りなければならないのに、ふと、目を上げたときに走りはじめた車窓から見えた駅名表示が「青山一丁目」でした。だめじゃん。六本木まで乗って折り返しました。


> わたしの家族は国立の美術館はいつでもただで入れるの。

収蔵品の寄贈者さんのご家族には、そういう「特典」があるのですか? はじめて知りました。

by 045 ch-k てゆーかC★ちさとです (2009-06-12 08:47) 

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