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【寄贈本】回診 ~ある精神病棟にて~ -ヌコ文庫- [図書室]

「おっと、もうこんな時間か。そろそろいつもの回診時間だな」
壁の時計を見上げた桜木利之は、報告書を作成していたPCの前で呟いた。
「あら。ほんと。そろそろ来るわね」
隣で同じようにPCに向かっていた宮坂瑞恵がニヤニヤしながら言う。
すぐに部屋のドアが開いて、白衣を着た男が入って来て彼に声をかける。
「桜木君。そろそろ行こうか」
「はい。わかりました。教授」
桜木は、患者のカルテを持って部屋を出ると、教授と呼ばれた男の後に続いた。
磨き上げられたリノリウムの床をゆっくりと進む。時折、上履きが床と擦れる音が、「キュ」っと静かな廊下に響く。
ここはとある病院の精神病棟。様々な精神疾患を患った患者が、それぞれに過ごしている。
ここでは、どこかで精神のスイッチが違う回路につながってしまった患者を主に収容している。
色々な意味で普通とは違うが、特に他人に危害を加えたり、暴れたりする患者はいない。
彼らは少し普通の人と違っているだけで、うまく話を合わせていれば、彼らは至ってまともで温厚である。
この病院は、それぞれの患者の症状に合わせて、個別の環境を与えて対応してくれる、ちょっと変わった病院だ。
教授が一つ目の部屋のドアをノックする。
ドアを開けると、40才くらいのタンクトップを来た男がトレーニングマシンでひたすら体を動かしている。
「やぁ、やってるね、今日も」
教授がにこにこと笑いながら声をかける。
「はい、先生。今日も絶好調です!」
タンクトップの男は、教授に向かって力拳を作って白い歯を見せた。
「もうすぐだねぇ、オリンピック。頑張ってくれたまえ」
「ありがとうございます。今回も金メダルを狙います!」
「楽しみにしてるよ。じゃぁ、何か困った事があったら言ってくれ」
「そうですか・・・では、明後日予選なので、新しいタンクトップをもらえますか」
男は少し考えてから言った。
「わかった。明日届けさせるよ」
「お願いします」
男は頭を下げると、またトレーニングマシンに向かって一心にトレーニングを始めた。
教授と桜木はそんな男を後に部屋を出る。
男は、元陸上選手で、実際にオリンピックを目指していたのだが、あまりのプレッシャーにひたすらトレーニングに打ち込むあまり、四六時中トレーニングをしていないと不安になるという症状に襲われ入院した。
以来、彼はオリンピックを目指してここで合宿していると思い込んでいる。
タンクトップは彼のトレードマークで、必ず月に一回、15日に新しいタンクトップが欲しいと言う。
ここに来る直前、その月の17日に本番の予選があって、予選当日は新しいタンクトップで競技に参加するつもりで、16日にそれを買うつもりだったのだ。
毎月15日になると、彼はなぜかそれを思い出す。


廊下に出た二人は、次の部屋に進む。
部屋に入るがそこには誰もいない。
桜木が部屋の片側にあるドアを開ける。そこは浴室になっていて、50才くらいの白髪混じりの男が、水を張った浴槽に向かって釣り糸を垂れている。
浴室は狭いので、竿はルアー用の短いものだが、糸の先にはちゃんと針がついている。
男は、ここに来る前、趣味の釣りに出かけていた。
そこで、ちょっとお茶を飲もうとクーラーの竿かけに竿をかけてペットボトルのフタを開けた途端、とんでもない大物が食いついたのか、もの凄い勢いで竿が引かれ、クーラーごと海へと沈んでいったのだった。
その時慌ててクーラーを押さえようとして岩場で転び、頭を強く打って病院に運ばれた。
その後、意識が戻って最初に発した言葉が、「オレの竿は何処へ行った?」だった。
家族が彼の竿ケースを持ってくると、男は嬉しそうに竿を取り出し、以来、片時も竿を放さず、ずっと竿を握ったままだ。
そのままここに来たが、ここでも相変わらず竿は握ったままで、何を思ったか風呂に水を張って毎日釣り糸を垂れている。
「相変わらずここに居たのかい」
教授はまたにこにこと笑いながら男に声をかける。
「ああ、先生」
「どうだい今日は釣れそうかい?」
教授が尋ねると、男はニヤリと笑って嬉しそうに応える。
「またまた、先生・・・ここは風呂ですよ。釣れるわけないじゃないですか」
「ははは、そりゃそうだ」
どっちが狂っているのかよくわからない。
「はははは・・・」
二人の笑い声が浴室に響く。


次の部屋は書斎のようだ。
部屋の壁は書棚で埋め尽くされ、PCの置かれたデスクにも、分厚い本が何冊も積み上げられている。
積み上げられた本は、ほとんどが世界の政治・経済関係の書籍のようだ。
ただその横に、何故か涼宮ハルヒのDVDも並んでいる。
30才くらいの背の低い男が、スーツを着てそのPCの前に座り、一心不乱にキーボードを叩いている。
男は、インターネットで色々と政治情報を収集するうちに、自分を、世界の国々の極秘情報を探っている秘密エージェントであると思い込んでしまっている。おまけに、趣味だった涼宮ハルヒと国家機密が融合してしまい、涼宮ハルヒ情報が国家機密だと信じて疑わなくなっている。
「こんにちは。今日は何か新しい情報は見つかったかい?」
教授が声をかけると、白い肌の男は飛び上がるようにして椅子から降り立ち、直立不動の姿勢をとって言った。
「これはこれは、教授先生さま。本日は遠いところ私のような者のためにわざわざお越し頂き、恐縮の至りでございます」
「いやいや、ちょっとまた新しい情報を仕入れたくてね」
教授は相変わらず笑顔で応える。
「さようでございますか。では、極秘情報を一つお教えしましょう。ただし、これは絶対に他には漏らさないようにお願いします。何しろ、これが漏れると私の政治生命が危機にさらされますので」
「わかっているよ。約束しよう。で、どんな情報だい?」
教授が尋ねると、男は顔を寄せてささやくように言った。
「実はですね。今朝、某国のサーバから極秘に入手した情報によりますとですね、ロシアのステテコビッチ外務次官が、先日来日した際にですね、なんと! 極秘で涼宮ハルヒのDVDを入手したそうです!」
「おぉぉ、それは凄いね!」
「はい! しかもですね、このDVDは、KGBの特殊部隊が、我が国の情報基地である秋葉原に密かに潜入して手に入れたとのことです!」
「そうか。それは大変な情報を掴んだね。ヘタをするとKGBに狙われるかもしれないぞ。気をつけてくれたまえ。君のような優秀な人材を失うのは国家的損失だからね」
「いえいえいえいえ、滅相もございません。微力ではありますが、私のような若輩者が国家のために少しでもお役に立てれば光栄に存じます」
「よろしく頼むよ。ではまた」
二人は男の書斎を後にした。


その後もいくつかの部屋を巡り、二人は元の部屋に戻ってきた。
「よし。今日も回診は無事に終了したな。桜木君。じゃぁ、いつものように報告書の作成は頼むよ」
「はい、教授。お疲れ様でした」
「じゃあまた明日」
教授は片手を上げて笑顔で部屋を出て行った。
「ふー。終わった終わった」
桜木が椅子に腰を下ろすと、瑞恵がコーヒーカップを彼の机に置いた。
「お疲れ様」
「あぁ、ありがとう」
「どうだった、教授は」
「あぁ、今日もいつものとおりさ」
「毎日の事だけど、ほんとに感心するわ、あの教授には」
瑞恵は茶目っ気たっぷりの笑顔で言う。
「そうだなぁ。誰が見たって何の変哲もない定期回診だもんなぁ。しかも、ちゃんとそれぞれの患者の事をきっちりと把握してる。大したもんだよ。これを見た人に本当の事を言っても誰も信じないよな」
そう、実は先ほどの教授は、自分がこの病院の先生だと思い込んでいる患者で、毎日かかさず決まった時間になると、定期回診をしにここへやって来るのだった。
ここはとある精神病棟。ここには様々な患者がいる。

おわり

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この物語はフィクションです。
実在する人物、団体等には一切関係ありません。

ということで、こちらも久しぶりのショートショートでーす。
決して裏の実態ではありません。(ぇ
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コメント 18

あきら。

師匠。

センスありすぎですよ。面白すぎます!!
個人的に好きな、阿刀田高 さんの ショート・ショートに応募とか出来ないかなぁーって真剣に思いました。

ってか、第三の男。友情出演に涙しました(笑)
by あきら。 (2009-11-10 09:51) 

026 Old Y

死ぬまで青春いやシネマde○○の頃を思い出しました。
ってまだ1年も経ってないのですが(笑

いいですねこれ!!
これだと裏麺シリーズで回数稼げるし。。。(汗
なんせ超個性派集団というか個人の集まりですからねぇ。
私は除いての話ですが、何か?

次回は校長登場させて下さいね!!
イジケられても後が面倒だし。。。
存在自体を忘れそうなので…(爆


by 026 Old Y (2009-11-10 10:43) 

A.U.

やられましたぁ~
そして、シモダアキラが出てきてほしかったぁ!
(おっと、これではドMではないか・・・)

桜木・・・これはえーっと高速を下りて新幹線の
ガードをくぐって行く人でしたっけ?

しかし、やはり、書斎の男が凄いです!
台詞がそのままじゃぁないですか!!!

あー楽しかった。
きっと庭ではボロの乗り物コレクションを並べて
しかめつらしながらギターを抱えている40がらみの
中年がいてるんでしょうね?『早く入らないと
今日のビール無しよ!』って言われないと病室に
戻らないようなヤツですよ、きっと。
あっ、それ、ボクでしたわ。(^^;)

あう
by A.U. (2009-11-10 13:07) 

015 猫目

お、今回はあきらんが一番乗り。(^_^)
あんがとー。
まぁ、団扇ネタみたいなもんやし。(^^;;)
第三の男・・・脚色せんでもエエもんねぇ。(ぇ

おるでぃ
これもシリーズに・・・ってか。(^^;;)
校長ねぇ。そういえば、行方不明やな。(違

あう
じゃ、次はシモダアキラで・・・って。
スーダン・・・そろそろネタ切れ。
by 015 猫目 (2009-11-10 19:35) 

バイブガールwww


バイブ入れて外を歩かせるのって楽しいぞ!!!!
バイブでマソコをグリグリしてやったら肩震わせて声出すの我慢してるしwww
むしろ俺が我慢できなくて公衆トイレに連れ込んでズコバコしちゃったーよwww

・・・あれ、なんか俺が鬼畜みたいだけど頼まれてやってんだかんな!!!!
これで結構なお金もらえるんだからそりゃ誰でもやるだろーーー!?(`・ω・´;)
http://Atari.Younube.net/t-3sev0/
by バイブガールwww (2009-11-11 08:14) 

あれ

何? 誰? (^^;)
by あれ (2009-11-11 08:29) 

015 猫目

最近どこも増えたなぁ、スパムが。
困ったもんや。
みんなクリックしないようにねー。
by 015 猫目 (2009-11-11 10:02) 

014けんづる

猫兄さま。
2週連続でスパまれましたねぇ。。。
PCも兄さまがエロいってわかるんで麩寝(違

今週も噴かせていただき魔知多。

タンクトップであの男を。
釣竿であのお方を。
思い出し魔知多が、

何といっても書斎の男は素敵過ぎ魔麩!!
やっぱり人気者は存在感あり魔麩ね!!!
by 014けんづる (2009-11-12 14:41) 

015 猫目

実はづるが書いてるんやろ。(ぇ

存在感ありすぎて、話はどうでもエエんよね、実際。(笑)
by 015 猫目 (2009-11-12 22:42) 

061 CSの語り

猫目師匠

しえすただす

今回は、裏面シリーズ(笑)
いやー、精神病棟とは(爆)

絶妙な癖といいましょうか、
書斎の男は絶妙すぎます(笑)

>存在感ありすぎて、話はどうでもエエんよね、実際。(笑)

ウラメンは確かに存在感ありますね(笑)

それでは、また来週!



by 061 CSの語り (2009-11-12 23:00) 

015 猫目

しえすた
ちょっとね、思いつき。(^^;;)

じゃ、来週はしえすたで。(ぇ
by 015 猫目 (2009-11-13 08:26) 

032_oyasan@まおたん

しえすたんの友情出演に期待星

師匠すごいですねぇ。
もっと早く職場で読めばよかったぁ
だけど笑いすぎて きっと やばかっただろうなぁ。

それにしても ハルヒたんのコメントがでてこないねーっ
いそがしいのかな?
by 032_oyasan@まおたん (2009-11-13 22:19) 

044 ichigo

読んで・・・「うまい!」この一言に尽きますた。

なんつーか、タンクトップといいつり竿といい、ハルヒのなんとかといい、どっかで見たことある人のような気がしま麩が(ぇ

それにしても。
裏麺はやはり特徴的なので麩ね。
キャラたちすぎ。


ちょす。
by 044 ichigo (2009-11-14 07:50) 

030 ダルコ

タンクトップの…というくだりを見た瞬間、「まさかっ!?」と反応してしまいましたw

期待を裏切らない展開に噴きまくり。
実写版がすぐにでも作れそうなお話ですね!
続きが楽しみですー。
by 030 ダルコ (2009-11-15 22:24) 

015 猫目

ぼなしー
麩麩、ハルヒねぇ、ノーコメントで通すのか?(笑)


あかねん
あんがとー。(^_^)/

なんせ、話を作る必要がないからねぇ、裏麺は。(笑)


だるぴ
どもども。
続き・・・書けるのか?(^^;;)

by 015 猫目 (2009-11-15 22:40) 

045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑)

添付した資料をご覧いただけましたでしょうか?

先日お話しいたしました患者ですが、「自分は作家だ。」と頑なに主張するので試しに原稿を書かせてみたものです。

素人の私が申し上げるのもなんですが・・・



メールを打ちながら彼は興奮していた。キーボードを叩く指に力が入りすぎて、ふだんなら滅多にしないタイプミスを繰返しては「ちっ…」と舌打ちしながらバックスペースキーを何度も叩かなくてはならないのももどかしく、素早くキーボードを叩き続けた。

精神病患者の治療の一環として絵を描かせたりするのと同様に文章を書かせてみたところ、思いがけない才能を発掘したかもしれなかったからだ。それも無名の原石を。

彼の脳裏をある考えがよぎった。

まてよ、これを患者の作品としておくのはもったいない。いっそのこと…。


by 045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑) (2009-11-15 23:00) 

065 じん

中井英夫の「トランプ譚」を思い出しました。

あっちはかなりねちっこいですけど。

教授のモデルが気になります。

総括。
あーおもしろかったっw


by 065 じん (2009-11-15 23:21) 

015 猫目

ちさとん
だからね・・・米欄じゃもったいないって、こんなオモロイもん。
じゃ、続きよろしくね。(^_^)/

仁丹
あんがとー。
教授のモデルね。
そらもちろん・・・(ぇ
by 015 猫目 (2009-11-16 12:29) 

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