THノベルズ「雨の降る音」 [図書室]
背が高いことが、ずっとコンプレックスだった。
中学生のときのあだ名は「電柱」、高校生になっても男子たちはあたしを遠巻きに眺めるだけ。自分より背が高いという理由だけで、3度も振られた。
運動は好きだが、バスケや、バレーボールは絶対やりたくなかった。つまらない意地なのは、百も承知だ。
そんなコンプレックスがなくなったのは、彼のおかげだ。
「君の方が、空に近いね。」
そんな簡単な一言で、胸の奥の氷のかけらがすっと溶けていくのを感じた。
それから、私は、背筋を伸ばして歩けるようになった。
*****
出会いは、交差点だった。
彼氏から連絡があったと、お昼の約束をドタキャンされた。女の約束などあてにならないと、他人事のように思った。そして試験休みの午後の予定が、ぽっかり空いた。
さて、何をしようかな?
駅に向かう秋晴れの空に、見上げれば一筋の飛行機雲。
交差点の向こうには、同じように空を見上げる男性が一人。
同じ年くらいかしら?
目があった。
確かにこっちを見ている。
少しくせっ毛、薄いブルーの綿シャツ。初めてみる人に間違いはない。
でも視線が外せない…
顔がほてるのを隠すように、少し微笑んだ。
*****
風が吹いた。
髪が舞い上がるのを、ゆっくりと抑える、動悸を鎮めるように。
信号が青になると、後ろから押されるように一歩踏み出す。
彼との距離が少し、縮まった。
通り過ぎる時に、ついつま先立ちになる。
また目があった。
思わず笑みがこぼれる。
今日はもう、何もしない。
幸せな気分だから、このままうちに帰ろう。
*****
一週間後、同じ交差点で、同じ時間に立ってみた。
バシャバシャと大きな音を立てて、雨が降っていた。
傘をさしていたけど、お互いのことはすぐに分かった。
今度は、立ち止まったまま。彼が近付いてくるのを待っていた。
*****
いろいろな話をした。
彼の学校のこと、私の学校のコト。
彼の田舎のこと、私の家族のコト。
連絡先を交換して、また会いましょうと約束をした。
その時彼が言った。
「都会の雨は、音が大きいね。」
「雨の音?」
「都会の雨は、ザーザーと降るよね。田舎の雨は、サーサーと降る。音が優しいんだ。」
「…ふーん。」
東京育ちの私には、雨音はバシャバシャとうるさいものでしかない。
彼の言葉が優しく響くのは、優しい音に囲まれて育ったからかもしれない。
草原や、あぜ道にしみこんでいくように、心の中にそっとしみ込んでくる。
*****
あれから四年。次の休みには、彼の実家にあいさつに行く。
天気予報は雨。
彼はあの言葉を覚えているだろうか?
------------------------------------------------------------------------
こんにちは、THです。
久しぶりの連載物&珍しくハッピーエンドです。
小生の実家は、東京のはずれで池上というところです。池上本門寺というお寺のすぐわきにあります。お寺の敷地に隣接しており、自室の窓の外は雑木林でした。自室では優しく聞こえる雨の音が、駅に向かうに従い大きくなっていったのを思い出します。
さて、コメントをいつもありがとうございます。
けんずるさん、実は先週の貴兄の記事がアップされたときに、「交差点~」と「雨の~」は書きあがっていたんですね。余りにタイムリーだったので、つい「ナイスアシスト!」なんて書いてしまいました。よく考えれば「アシスト」は失礼ですよねぇ。済みませんでした。
あの場で書いてしまうと、今回の話のネタばれになってしまうので、多くは語りませんでしたが、そういうわけだったんです。
Old Yさん、ということで図らずもリクエストにお答えすることになりました(笑)。雨の一遍、いかがでしたでしょうか?
師匠、引き出しが多いとのおほめの言葉、ありがとうございます。思いつくまま指を動かしていますので、そんなに大層なものでもないですよ(笑)。
逆にいえば、猫師匠や、けんづるさんのように、一つのテーマで書けるほど深い知識がないだけという感じもします。書き散らかしているというやつですか。
また、空を見上げることが好きな人が多いなと、少しうれしくなりました。
コメントにあった南大阪線は阿倍野橋からしばらくの間は高架になっており、周りに高いビルが(少なくとも電車より高いビルが)ないため、夕方に乗るときれいな夕焼けがみられます。
東京ではビルが多いため、見ることができない景色ですね。私の通勤経路だと多摩川を越える10秒ほどが、それに近い景色でお気に入りです。
ということで、また来週。
中学生のときのあだ名は「電柱」、高校生になっても男子たちはあたしを遠巻きに眺めるだけ。自分より背が高いという理由だけで、3度も振られた。
運動は好きだが、バスケや、バレーボールは絶対やりたくなかった。つまらない意地なのは、百も承知だ。
そんなコンプレックスがなくなったのは、彼のおかげだ。
「君の方が、空に近いね。」
そんな簡単な一言で、胸の奥の氷のかけらがすっと溶けていくのを感じた。
それから、私は、背筋を伸ばして歩けるようになった。
*****
出会いは、交差点だった。
彼氏から連絡があったと、お昼の約束をドタキャンされた。女の約束などあてにならないと、他人事のように思った。そして試験休みの午後の予定が、ぽっかり空いた。
さて、何をしようかな?
駅に向かう秋晴れの空に、見上げれば一筋の飛行機雲。
交差点の向こうには、同じように空を見上げる男性が一人。
同じ年くらいかしら?
目があった。
確かにこっちを見ている。
少しくせっ毛、薄いブルーの綿シャツ。初めてみる人に間違いはない。
でも視線が外せない…
顔がほてるのを隠すように、少し微笑んだ。
*****
風が吹いた。
髪が舞い上がるのを、ゆっくりと抑える、動悸を鎮めるように。
信号が青になると、後ろから押されるように一歩踏み出す。
彼との距離が少し、縮まった。
通り過ぎる時に、ついつま先立ちになる。
また目があった。
思わず笑みがこぼれる。
今日はもう、何もしない。
幸せな気分だから、このままうちに帰ろう。
*****
一週間後、同じ交差点で、同じ時間に立ってみた。
バシャバシャと大きな音を立てて、雨が降っていた。
傘をさしていたけど、お互いのことはすぐに分かった。
今度は、立ち止まったまま。彼が近付いてくるのを待っていた。
*****
いろいろな話をした。
彼の学校のこと、私の学校のコト。
彼の田舎のこと、私の家族のコト。
連絡先を交換して、また会いましょうと約束をした。
その時彼が言った。
「都会の雨は、音が大きいね。」
「雨の音?」
「都会の雨は、ザーザーと降るよね。田舎の雨は、サーサーと降る。音が優しいんだ。」
「…ふーん。」
東京育ちの私には、雨音はバシャバシャとうるさいものでしかない。
彼の言葉が優しく響くのは、優しい音に囲まれて育ったからかもしれない。
草原や、あぜ道にしみこんでいくように、心の中にそっとしみ込んでくる。
*****
あれから四年。次の休みには、彼の実家にあいさつに行く。
天気予報は雨。
彼はあの言葉を覚えているだろうか?
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こんにちは、THです。
久しぶりの連載物&珍しくハッピーエンドです。
小生の実家は、東京のはずれで池上というところです。池上本門寺というお寺のすぐわきにあります。お寺の敷地に隣接しており、自室の窓の外は雑木林でした。自室では優しく聞こえる雨の音が、駅に向かうに従い大きくなっていったのを思い出します。
さて、コメントをいつもありがとうございます。
けんずるさん、実は先週の貴兄の記事がアップされたときに、「交差点~」と「雨の~」は書きあがっていたんですね。余りにタイムリーだったので、つい「ナイスアシスト!」なんて書いてしまいました。よく考えれば「アシスト」は失礼ですよねぇ。済みませんでした。
あの場で書いてしまうと、今回の話のネタばれになってしまうので、多くは語りませんでしたが、そういうわけだったんです。
Old Yさん、ということで図らずもリクエストにお答えすることになりました(笑)。雨の一遍、いかがでしたでしょうか?
師匠、引き出しが多いとのおほめの言葉、ありがとうございます。思いつくまま指を動かしていますので、そんなに大層なものでもないですよ(笑)。
逆にいえば、猫師匠や、けんづるさんのように、一つのテーマで書けるほど深い知識がないだけという感じもします。書き散らかしているというやつですか。
また、空を見上げることが好きな人が多いなと、少しうれしくなりました。
コメントにあった南大阪線は阿倍野橋からしばらくの間は高架になっており、周りに高いビルが(少なくとも電車より高いビルが)ないため、夕方に乗るときれいな夕焼けがみられます。
東京ではビルが多いため、見ることができない景色ですね。私の通勤経路だと多摩川を越える10秒ほどが、それに近い景色でお気に入りです。
ということで、また来週。
2009-10-22 00:10
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コメント(13)
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大阪は今日も晴天です。
でも空は狭いなぁ!
やっぱりどこまでも抜けるような青空と、その色を受けてどこまでも青い海を見ていたいです。
空と海の境がわからないくらいの…
by 002Z (2009-10-22 07:57)
大阪から和歌山に来るだけでも、だいぶん空の色は違う。
もちろん、空だけやなくて、海の色も違うけどね。(^_^)
それがまた、和歌山でも紀南へ行くと、また空と海の色が違うんよね。
やっぱり、人が多いとこは空が霞んでるし、海も青くない。
ってことで、週末は和歌浦でアジ釣りだ!\(^_^)/
by 015 猫目 (2009-10-22 12:24)
で、肝心の中身に触れてないやん、前の米。(笑)
エエ雰囲気やねぇ。
好きです、こういうの。
「君の方が、空に近いね。」
猫には書けんなぁ。
グッっと来たね、この台詞。
THっちの感性に完敗・・・いや、乾杯か。(^_^)/
by 015 猫目 (2009-10-22 12:28)
出掛けに雨が降ってると、つい
「雨の音が聞こえる♪」(多田武彦作曲、八木重吉作詩 「雨」)
とか
「行かなくちゃ♪」(井上陽水「傘がない」)
と口ずさんでしまいます。
玄関先でだんなと二人、歌いながら鍵かけてたりしてwww
合唱組曲「水のいのち」(高田三郎作曲、高野喜久雄作詩)
の「雨」も良い曲、良い詩です。
(「水のいのち」については11が熱く語れたハズ)
by 022 koge (2009-10-22 13:16)
リクエストに応えていただきありがとうございました。
でも、ステーションではなかったのはスルーってことに(笑
前回と対になってるんですね?
今回は女性側からの目線(視線)な感じがとても柔らかなタッチ
ですんごくいいなぁ~と!!
で、こんな想像してみました。
女性はつ○たんで男性は爽やかえろえろ系の乙ん。
なんかいい映画ができそうな。。。
独身時代に、こんな出逢いしてみたかった。。。
まてよ?独身時代って大学出て半年ぐらいしかなかった(顎
ご実家は池上ですか!
私結婚当初洗足池の近くで1年ほど住んでました。
♪池上線が走る街に♪私はもういませんが(笑
さて、次はどんな出逢いを描くのでしょうか?
楽しみにしてます!!
by 026 Old Y (2009-10-22 13:44)
THん。今回も素敵なお話ありがとで麩。
すごくココロが晴れやかになり魔知多!!
それにしても、綺麗な表現をさらりと使えてしまうあたりが、づるとは違うなぁ。。。
しかも、前回からの続編でなおかつ晴れと雨の対比まで織り込んじゃって。。。
毎度毎度勉強させて頂いており魔麩。
でも、自分の文章には活かせており魔変。。。。
そして、 アシストは、全然失礼ぢゃないで麩よん。 むしろ光栄。 だけど、そんなにたいした役割果たして無い旗がして恥ずかしかったので麩。麩麩麩。
最後に。 づるは一つのテーマで深い知識を駆使した文章なんて書いてないで麩から(爆)
by 014けんづる (2009-10-22 15:38)
雨の音。
こんど じっくり聞き分けてみるねーっ
ぼくの心も潤してくれるかなぁ。
by 032_oyasan@まおたん (2009-10-23 00:24)
RCサクセションの『大きな春子ちゃん』(詞:忌野清志郎)を思い出した。
大きな春子ちゃん わかっておくれ
大きな春子ちゃん 君が好きさ
ぼくは小さな男だけれど 認めておくれよ
大きな春子ちゃん 君に夢中さ
大きな春子ちゃん こんなに好きなのに
大きな春子ちゃん ぼくではだめかい
背の高さなんて関係ないのさ 認めておくれよ
認めておくれよ 認めておくれよ
キヨシローの詞はぼくの心の奥の深い深いところまで
まっすぐに飛んできてぴったり真ん中に命中する。
なんなんだろうな?
まるで、摘みたてのフルーツをそのまま搾っただけの
ほかになんにも入っていないフレッシュジュースみたいだ。
いっつもコレにヤラれちゃうんだよ。
by 045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑) (2009-10-23 12:22)
背の高い女性に実は憧れているわたし…。
まぁ、わたしより身長の低い女性も最近はあんまりいなくなっちゃったけど(爆)
雨は結構好きなんですね。しっとりも、ザーザーも。
人の飲み物は雨からできていますし。
って、づるたんと全然違うコメ(笑)
ん?人によって、態度を変えているというと、イメージ悪いか?
ま、いっか(やっぱり
by 061 CSの語り (2009-10-23 12:41)
紡ぐ縁を違う視線からいろいろ書いてみる。
同性の描写は割かしやりやすいけれど・・・。
ふっと考えてみる。
この時の彼(THんだと彼女で麩名)の思考・発想は
自分の中の男性性(THんだと女性性)なのかな?
なんてね。
今回も素敵なお話ですた。
降る音。というと。
いちごが最も好きなのは雪が降る音で麩。
あの独特の張り詰めた空気、音のない音。
夏カシス。
ちょす。
by 044 ichigo (2009-10-23 14:18)
君は、大きすぎる、君は可愛くて綺麗すぎる!
ちさにいさんに続いて。
そう言う感性というか、そう言う視点、ついつい
忘れがちになりますね。ちっちゃなことが幸せだったり
しますよね。
朝にちゃんと読んでおいたら良かったです。
by A.U. (2009-10-23 19:28)
夜がきてあたしの目が見ている世界は
黒いろじぁない
東京の保有している星の数は今日もほんの僅か
たったこれだけ。
いち、にぃ、さん、しぃ。目をつむってたって解るくらい。
見つけられないあたしの心がつかれているのかな
ひたひた濡れた生地が張り付いたみたい
なんだか身動きがとれない もどかしい
あたしは一体どれだけ遠くに
思いもしない道を
この足で
どれだけ歩いて
10メートルを九歩で歩き抜く
誰にも負けたくなかった
だけどいつだって勝ってきた実感なんてないんだよ
星
空
空気
光
照らしているのは
自分じゃなかった
あたしの生きてきた
後ろがわの
すぐそこにある
水溜まり
その真ん中に
靴をぬいだ
裸のあたしのままで
爪先で
ぬるい
冬の前
夏の終わりの
仕方ない空気を
掻き回した
くちゃくちゃに
まるめて隅っこを
じっと確かに見つめて
そうだ
小さい泡が立ち上るように
沸き上がる
立ち上る
喜び
たまらなくて
わらいだした
嬉しくて
思い出す
あの人の声
布越しに貪る体温
指先の触覚
雨が降る朝を
一緒にながめた
一周半の季節
手のひらに
受け止めた
雫は
ふるふると身震いをして
流れ落ちていくしかないのね
いつか
すべて
みんな
果ててゆく
悲しくない
ただ切ない
あたしの
瞼にそっと唇でふれて
そのあとに
ふいに
降りてきた
白い時間にあたしたちは
立ち尽くして
お互いにわらうことしかできなかった
苦しかった
狂いたかった
全部
心なんてみえないよ
だから会いたくて
雨
雨
滴
雨垂れ
あたしたちは一緒にみたんだ
それを
一斉に
落ちてくる
ひかりの粒
一つひとつの
いのちが
うまれて落ちて砕けて弾ける
その音を
最後の
音楽を
二人は中指一本
離れて
耳を澄ましたまま
ここが
どこでもいい
いつか
どこかにいればいい
雨の音を
二人は
ただ
耳を澄まして
目を
うっすら閉じて
待ち続けて
いこう
遠くへ
by ke_co_ltd (2009-10-24 06:13)
近鉄だと奈良線の石切駅~額田駅間(生駒トンネルの西側)も夕焼けがきれいですよね。
生駒山の中腹から大阪平野を一望できるので、夜景ポイントとしてもお薦めです。
このあたり、高校時代の通学経路でした、実は。実話です。
by あわわ (2009-10-25 09:02)