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【寄贈本】車のある風景 アテンザ -ヌコ文庫- [図書室]

窓から流れ込んでくる風は、気づけばいつの間にか冷たく感じられるようになっていた。晴れ渡った空は、青く高い。もうすっかり秋だった。ほんの少し前まで生ぬるく感じられた風も、今はもう思い出せないほどだ。修二の運転するアテンザは高速道路を快調に進んでいた。
この車、日本ではあまり人気がないのか、見かける事は少ないが、アウトバーンの国ドイツなど、ヨーロッパでは人気が高く、沢山の賞を取っているだけのことはあって、市街地では多少固めに感じられるサスペンションも、高速道路では水を得た魚のように、快適な乗りごこちを見せる。
修二は、特に車好きというわけでもないが、他の日本車とは少し違う個性的なスタイルと、しっかりした運転感覚が気に入ってアテンザを買った。
今日はハンドルを握る手が汗ばんでくるほど気持ちのよい天気であった。
左手に川が見える。河川敷の公園では陽気につられた家族連れやアベックが、それぞれの休日を満喫している。
修二も例にもれず、朝からこうして車をとばしているのは、恋人の涼子に会うためだった。だが、今日は単なるデートではなく、修二にとっては特別な日であった。今日、涼子は二十の誕生日を迎える。実は2週間前、修二はデートの別れ際に涼子にプロポーズしたのであった。
ただ、つきあい始めてまだ1年足らずの上に、修二は25才だが涼子がまだ二十歳になっていないこともあり、両親とも相談して、次のデートまでの2週間でじっくり考えてみて欲しいと涼子に伝えた。
涼子は、修二のところからは高速道路を使っても2時間ほどかかる、隣県の最北端にあった。
そのため、デートできるのは精々月に2回くらいのものなので、その時も2週間後に会う約束をして別れたのだが、その週が始まってから修二は激しく後悔した。
年の差もあり、涼子には大人の余裕も見せるべく、2週間と言ったが、この2週間の長かったことといったらなかった。仕事も手につかないほどで、何度メールで問い直そうと思ったことか。しかし、それではあまりに大人げないので、そこはぐっと我慢して、ようやく今日を迎えたのだ。
間もなく高速出口の標識が見えた。
「さてと、もうすぐだ」
修二はつぶやきながら自分の手のひらを見て、どうやら思っているより緊張しているようだと気づいた。
直進安定性抜群のアテンザは、普段は高速道路でもハンドルには軽く手を添えるだけで良いのだが、今日はハンドルを強く握りしめていたようで、手のひらが汗ばんでいた。
「はは、緊張してるな、俺」
緊張をほぐそうと一人で笑ってみたが、うまく笑顔を作れないのが分かった。
涼子には良い返事をもらえる自信はあった。彼女もきっと同じ思いのはずだ。しかし、もちろん一抹の不安もある。
料金所を抜けて国道に降りる。信号を左に折れて、いつもの橋を渡る。この1年通いなれたコースだ。もう体が道順を覚えている。市道に出てしばらく走ると新幹線のガードをくぐる。左に側道を入ると涼子の家が見えた。
見なれた屋根とガレージが見える。が、そのガレージに修二の目は釘付けになった。
いつもなら、そこに止まっているはずの、修二のと同じ黄色のアテンザがなくなっていた。修二はいやな予感がした。アテンザは二人の出合のきっかけとなった思いでの車である。プロポーズの返事を聞こうという日に、その想い出の車がないことに、修二はとても不安を覚えた。
涼子と出会った1年前のことが、修二の頭をよぎった。


修二は絵を見るのが好きだった。
その日も大好きな印象派の絵画展が開かれている美術館に足を運んでいた。
休日のため、駐車場は結構混雑していた。それでも午前中のためか、幾つかは空きスペースがあった。修二はそのスペースの一つに車を止めた。たまたまそこは2台分のスペースがあり、修二が降り支度を始めたとき、隣に車が入ってきた。
しかし、その車は馴れないらしく何度も切り返しては前進と後進を繰り返していた。やむなく修二は隣に車がおさまるのを運転席で待った。が、あっと思った瞬間『ゴツン』と鈍い音がして、軽い衝撃が伝わってきた。
「おいおい、冗談だろー」
ウインドウを開けて覗くと、2台の車のバンパーが仲良くキスしていた。
修二は車を降りた。相手の車からも、慌てて女性が降りる。修二が口を開く前に、
「ごめんなさい! ちゃんと直しますから!」
その女性は深々と頭を下げた。出鼻をくじかれた修二は言葉に詰まった。
「え、いや、まぁいいんだけど・・・」
顔を上げた女性はとても愛らしかった。まだ幼さの残る顔に、長い髪を後ろで止めて困ったように眉を寄せた目はくるくると動く。スキニーのジーンズがよく似合っている。
「君ここに来たの?」
修二は美術館を指さした。
「え? ええ」
「じゃあ取り敢えず入ろうか。せっかく来たのに見ずに帰るのももったいないし。幸い傷もバンパー程度で大したこともなさそうだしね」
「はい、すみません」
修二はバンパーを調べながら言った。
「そういえばこれ、アテンザ、しかもおんなじ色だ。珍しいね、若い女の子が乗ってるのは」
「あら、そういえば。このスタイルが気に入って。それと、私セダンが好きなんです、実は。変わってるでしょ。普通、女の子は、もっと可愛い小さな車が好きなのに」
「そうなんだ。正確に言うと、これはスポーツなので5ドアハッチなんだけどね。でも、まぁ、そんなことはさておき、いい車だよ、アテンザは。俺も好きなんだ、この車」
あまり見かけない車だけに、たまに同じ車を見ると妙に親しみを覚えてしまう。修二はなんとなくその女性にも親しみを感じた。
「俺、北山修二」
「あ、北川涼子です」
「北川・・・山と川か。ははは・・・」
「ふふふ・・・」
二人は顔を見合わせて笑った。
その後、二人は存分に絵画鑑賞を楽しんで美術館を後にしたが、すっかり意気投合してお互い加害者と被害者であったことを喜んだ。
こうして二人の交際が始まった。


そうして今日、ついにプロポーズの返事を聞こうというその日に、その縁を取り持ったアテンザが見あたらないのだ。
修二は涼子の家の前に車を止めた。もう一度ガレージを見る。
「車検はまだ先のはずだ。またどこかぶつけて修理にでも出したのか・・・?」
修二は車を降りるのをためらっていた。車の中でぼんやりと考え込んでいると、玄関を開けて涼子が出てきた。
「おはよう。どうしたの、ぼんやりして?」
涼子はいつもの笑顔であった。
「え? ああ、いや、なんでもないけど」
「そう、じゃあ行きましょうか」
「ああ」
助手席に涼子を乗せてアテンザは走り出した。今日は二人が出会った思い出の美術館に行く予定だ。そして、そこでプロポーズの返事を聞くはずだったのだが・・・。
無言のまま景色だけが窓の外を流れていた。修二はまだ車のことを聞こうか聞くまいか迷っていた。今日が特別な日だけに、自分でもおかしいくらいこだわっていた。
そうして、とうとう車は美術館の駐車場に止まった。修二は汗ばんだ手でハンドルを握ったまま前を向いていた。
「緊張してるの?」
「ああ、うん・・・」
うながされて修二は車を降りる。
「わかったわ。見終わってからと思ってたけど、その様子じゃここで返事した方が良さそうね」
車を降りた涼子がルーフ越しに修二の方を向く。
「え、いや、そうじゃなくて、車・・・アテンザがなかっただろ、カーポートに・・・」
「え?」
予想していたのと違う話しだったので、涼子は大きな目を開いた。
「アテンザ・・・実は、下取りに出そうと思ってディーラーにあずけてるの」
「・・・」
修二は言葉を失った。
だが、涼子はどうやら修二の態度を理解しかねているようだった。
「どうして、どうして売ってしまうんだ。二人の想い出の車なのに・・・」
力のない声で修二はつぶやいてうつむく。
「ああ、それで・・・。ゴメンね、まだ返事してないから言えなくて。だって、一家に同じ車は2台いらないでしょう。ふふふ」
「一家に2台同じ車・・・えっ!?」
修二が驚いて顔を上げると、秋風に運ばれて、色づいた落ち葉がひらひらと踊るルーフの向こうに、涼子の悪戯っぽい笑顔があった。
「さぁ、行きましょう。ルノアールが待ってるわ」
涼子が気持ちよさそうに両手を挙げて、伸びをしながら言う。
「うん」
修二は少し照れながら涼子の後を追った。
振り返ると、アテンザも色づいた落ち葉に化粧されて、少し照れているように見えた。

おわり

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こちらも久しぶり、普通の車のある風景シリーズです。
にしても、裏麺シリーズが個性的すぎて、ノーマルバージョンはちょっと物足りん感じ?(笑)
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コメント 14

002Z

足まわりの良い車って良いですよね。

運転していて疲れないだけじゃなくて、同乗者も酔いにくいみたいです。

お話はそうだろうなぁ…と思いつつドキドキしました。

次のお話を楽しみにしていますね。
by 002Z (2009-10-27 08:16) 

A.U.

新幹線のガードのくだり、猫兄さんじゃぁあーりませんか!

アテンザ、良いですねぇ。コンセプトも。
あの辺りからスポーツのマツダ復活と言った感じでしたね。
今日は朝から少し落ち着いた気分になれました。

ゼットンと同じく、この時間にここに来るのが日課に
なりました。(^_^)

by A.U. (2009-10-27 08:34) 

022 koge

えっ、ノーマルバージョン?
てっきり、若かりし頃の猫目師匠と奥様のエピソードが
下敷きになっているのかと思って読んでましたwww

さ、次は車かSFか。
楽しみに待ってます。
by 022 koge (2009-10-27 09:01) 

015 猫目

みんな鋭いツッコミ・・・
ってことで、毎度米屋です・・・じゃなかった、毎度米ありがとー。

ぜっとん
そうそう、昔はトヨタの車乗れんかったのよ。
クラウンなんて、船のように揺れて・・・交差点思い切り曲がるだけで、フロントフェンダーが地面擦ったりするんやもん。(^^;;)
マツダの車はまた、とんでもなく硬かったけど。(笑)
アテンザくらいから、マツダの足回りは熟成してきたね。懐が深いけどしっかりしてて、乗り心地はフラット。
エエ足してま。(^_^)

あう
結婚前、初めて買った新車がカペラやったんよね。
要するに、今のアテンザね。(^^;;)
当然5ATやったけど、エエ車やった。

しかし・・・新幹線のガード・・・何で知ってるのよ。


こげぱん
いつも鋭いツッコミありがとね。(^_^)

あうにもバレてるし・・・。
みんな記憶力良すぎ。(~_~;

by 015 猫目 (2009-10-27 17:53) 

045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑)

ご夫婦が結婚前にお互いおそろいの車種に乗ってたという話って、珍しくないんでしょうかね?私の知り合いにもそういうご夫婦がいらしたんですよ。

クルマはマークⅡ(X80型)。色は白。

そう、あの、めちゃめちゃ売れたアレですよ。結婚を機に、走行距離のいっていたご主人のクルマを手放し、奥様のクルマを残して乗ってらっしゃいました。

もともとは大阪の方で、転勤で東京にいらしてたんですが、ナンバーが「なにわ」だったので、どこに行っても大目立ち。運転マナーもオーサカ風…げふんげふん(以下略)…。

いえ、決して運転が乱暴だとかお行儀がよろしくないとか騒々しいとか外側からまくるようにして右左折するとかすぐにクラクションを鳴らすとか車間距離詰め詰めで走るとかそーゆーふーなことはぜーんぜんなさらなかったですよー。えー、これホント!

今はまた転勤で大阪へ戻られて元気でいらっしゃると聞いています。ちょびっと西川貴教クン似な奥様のガハハハ笑いが懐かしい。(お姉さんなんでしょ?とか言われてたらしいのはヒ・ミ・ツ)

by 045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑) (2009-10-27 18:45) 

A.U.

猫兄さん

そら、高速下りて新幹線と言えば北摂ですよ。
『あー記憶辿ってる~』ってね。
あくまでも推定ですよ、推測! (^^)

でも物語を作っていきはるの(みんなもですけど)
上手いですよねぇ。ボクにもそう言う才能があったら
なぁと思わなくはないですが・・・
ま、ボクは野生の感だけにしときます。


あー、今日もここに来て若干しかめっ面が取れました。
今日は少しは穏やかに過ごせるかな?
by A.U. (2009-10-28 08:30) 

015 猫目

ちさとん
白のマークIIね。(^^;;)
石を投げたらマークIIに当たるってなこと言われてたな。
それやとあり得るやろね。

大阪人は、阪神高速という名の混み混み低速道路をいかに速く走るかって毎日競ってるからね。\(^_^)/


あう
さよか・・・って、なんや、朝からしかめっ面やったんかいな。
あんまし部下をしばいたらアカンでー。(笑)

by 015 猫目 (2009-10-28 12:23) 

061 CSの語り

マツダといえば、RX-7。

ロータリーエンジン。
F1でロータリーエンジンを使ったら、
早すぎて、使用禁止になっちゃうほど、
マツダは実は実力があります。

そして、おもしろい車をつくる。
で、意外と走りと実用性を兼ね備え、
遊びで締めくくる車をつくるのが上手な会社といえますね。

アテンザ・・・。
ズームズームズーム♪
なんてCMが耳から離れませんが(笑)

電気自動車なんて出だして、
車がただの乗り物になったりして、
RX-7のような車が駄目だしされたりしたら、
わたしどうしたらいいの?

え?どうにもしなくていいの?
ですよねー(ぇ

あ、づるたんのとこみたいにやりたい放題
したらいかんがな、ここは猫目師匠の出番やで、
と、だれか突っ込んでください(笑)

お後があんまりよろしくないヨーデル(懐かし
by 061 CSの語り (2009-10-28 23:47) 

015 猫目

しえすた

で、君は何が言いたいのかな?(××さん風

ズーム・ズーム・・・こないだ広島通った時、偶然FM放送が入って、マツダのCMでこの歌がフルコーラス流れてた・・・。
ちゃんと歌になってたんや。(笑)

マツダ、おもろいです。(^_^)
by 015 猫目 (2009-10-29 12:42) 

023-QT

似た者夫婦っていうように、夫婦になるという二人には共通点がいっぱいあるんでしょうね。
車の好みもよく分かり合える。

ZOOM ZOOM ZOOM はビリンバウで始まるカポエイラ,
ブラジルの格闘技の歌が原曲ですよね。
あのコマーシャルをはじめて聞いたときに、カポエイラをやっている旦那が原曲を聞かせてくれました。
あのCM好きだった〜


by 023-QT (2009-10-30 07:00) 

015 猫目

Qちゃん

へー、カポエイラって言うのね。知らんかった。
頭から聞くと、あの曲って、ZOOM ZOOM ZOOMのとこで、なんか枠枠(イキイキと読まないように・・・懐かしい・・・)するね。(^_^)
by 015 猫目 (2009-10-30 10:15) 

032_oyasan@まおたん

ずんずんずん 走る喜びぃ♪
この曲のことですね、師匠。よく流れています。

おそくなってごめんなさい。
いいなぁ。こんな出会い。
下取り価格は、なにに化けるのかしら。なんて野暮ですねぇ^^

by 032_oyasan@まおたん (2009-10-30 21:33) 

015 猫目

ぼなしー
地元やもんね。(^_^)
いや、フルコーラス聴いたの初めてやったんよね。
というか、広島ならではで、フルコーラス流すだけの時間CMやろうと思うと、全国版ではちと無理やろからね。

ってことで、いつもそんなに謝ってもらわんでも。
米あんがとー。(^_^)/

by 015 猫目 (2009-10-30 22:54) 

044 ichigo

こっちでも鈍ガメラ。

初々しいですなぅ。
むずむずしながらニヨニヨしながら読みますた!

ほのぼの~♪

いいお話をありがとうございます♪
ニヨニヨ。


ちょす。
by 044 ichigo (2009-11-14 07:05) 

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