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【寄贈本】バイクのある風景 HONDA VT250F -ヌコ文庫- [図書室]

晩秋の空は抜けるように高く晴れ上がっていた。
国道42号線の田辺市から南へ下るルートを、数台のバイクが駆け抜けていく。
青い海と青い空が遙か彼方の水平線を境に上下に分かれ、その色を競い合っているように見える。
曲がりくねって上下する海岸線に沿った道路上で、視界が開ける度に飛び込んでくるその青を目の隅に捉えながら、猫田は右へ左へ、忙しく体を移動させていた。
クシタニの革ツナギに、同じくクシタニのブーツ、赤いアライのヘルメットはもちろんスネル適合品だ。
操るのは、HONDA VT250F。V型2気筒、4ストローク、最高出力35ps/11000rpm。4ストロークであるが、2ストロークエンジンと並ぶ最高出力を、高回転で得ている。
当時、バイクは400cc全盛期でもあり、400ccと250ccでフレームを共用しているものがほとんで、250ccは下位モデルという位置付けの車種が多かったが、VT250Fは250cc専用に設計されたフレームを積んだ、当時としては画期的なモデルであった。
赤いフレームにブラックのボディ、そこに赤いシートが乗り、セミカウルの付いたスタイルは、レーシーな雰囲気を醸し出していた。
上富田を抜けて、椿から日置へかかる国道を、いつものように先頭を行くのは浦部のKAWASAKI KH400だ。2番手は長谷川のYAMAHA RZ250R、猫田のVT250が3番手を走っている。
その後に、ちょっと遅れて中田のSUZUKI RG250ガンマ、どん尻はこれまたいつものように、辻本のHONDA HAWK IIだ。


バイクは、基本的に車体を傾けてコーナーを曲がる。
遠心力が働くので、それを打ち消すために、必然的にそうなるのだが、それにも限界はある。
通常、当時のバイクでは、車体を傾けていくとまずドライバーが足を置くステップが地面を擦り始める。
そこで、バックステップという、本来のステップより後で、かつ上方に取り付ける別売りパーツを取り付けて、バンク角を稼ぐのが常套手段だ。
すると、車種によっても違うが、次にセンタースタンドと言って、バイクを停車しておく時に立てる、車体中央にある2本足のスタンドが地面に当たる。こいつも改造して上げる。
続いて、クランケースやらフットブレーキやらマフラーやらが当たり出すわけで、クランクケースのカバーの角を切り取ったり、色んなことをやってできるだけバイクを傾けられるようにするのだ。
それでも当然、それもいずれ限界は来るわけで、さらにコーナリングスピードを上げようとすると、重心をできるだけ低くして、内側に持って来る必要がある。
これはつまり、ドライバーがやる。
バイクの内側に、なるべく低い位置でぶら下がるように体を持って行く。
例えば、左コーナーなら、右足の膝下をバイクに引っかけたような形で、左足はバランスを取るためにくの字にコーナーの内側に開く。
ハングオンというやつである。
できるだけ内へ、できるだけ下へ体を移動させるわけで、つまりは、これまた最後に今度は膝が地面を擦ることになる。
そこで、革ツナギの膝には、鉄のパッドが入っている。
内側の膝を擦りながら曲がっても、膝がすり切れないようにである。
右へ左へ、ひらりひらりと、体を移動させながら極限までバイクを傾けてコーナーをパスして行く様は、とてもスリリングだ。


いつも先頭を走る浦部は、5人の中では走りが最も過激で、常にアクセル全開でぶっ飛んでいく。
しかも、その最速男が操るマシンは、なぜか曲がらない事で有名なKH400だ。
KH400は、その車体を寝かせにくい事で有名だ。
このバイク、エイヤっと思い切って重心を移動しないと傾いてくれないのだ。
だが、ある地点を越えると、今度は恐ろしいほどに傾いていく。ここのさじ加減が難しいのだが、最速男浦部は、これをマスターしている。
それでこそ最速なのだ。
何故、これほどの腕を持つ浦部が、最近のカウル付きのレーサー風バイクでなく、古いKH400に乗っているのかは誰も知らないが、この曲がらない、乗りにくいバイクを浦部は気に入っているようだ。
しかし、最速が故、最も事故率が高いのもまた浦部である。
二ヶ月ほど前、転倒してあちこち凹んで塗装の剥げた浦部のKH400は、みんなでパテ埋めして、再塗装を施したばかりで、黄色のタンクが秋の陽を弾いている。
2番手はいつも長谷川だ。長谷川もかなりの乗り手で、浦部に負けず劣らず速い。長谷川は、普段CB750Fに乗っているが、このグループで走りに出かける時は、他のメンバーが400ccと250ccばかりなので、RZ250Rで参加する。
猫田は3番手だ。浦部ほど切れた走りはしないし、長谷川ほどテクニシャンでもないが、一応先頭の二人にはついていく。
猫田はこの3番手を結構気に入っている。
トップを走る浦部とそれを追う長谷川というトップ2台の限界ギリギリコーナリングを、そのすぐ後ろで見ながら走れるのだ。
舞台で言えばかぶりつきというやつで、最高の特等席だ。
100mほどの下りの直線が終わって、直角に近い右コーナー、アクセル全開からフルブレーキング、左の路肩一杯から、浦部のKH400がひらりと右に傾いてクリッピングポイントを目指す。
1車ほど遅れて長谷川のRZ250Rと猫田のVT250Fが折り重なるようにコーナーに飛び込んでいく。
「浦部・・・ちょっと速いな」
いつもよりブレーキングポイントがやや遅く、コーナー進入速度が少し速いように感じた猫田は、浦部のKH400をシールドの右隅に捉えながら思った。
すぐに、浦部のKH400のクランクケースが地面に擦れて、シャンシャンと火花が散るのを、猫田の目が捉えた。
長谷川のRZ250Rのフレームも波打っているが、バンク角の深いRZはまだどこも接地していない。
ぞくりとする瞬間だ。
その時、KH400から散る火花がいつもより大きい事に気づいた。
と思った途端、「ジャッ!」とさらに火花が大きくなり、KH400のフレームがゆらゆらと揺れて捻れたかと思うと、映画のワンシーンのようにそこだけスローモーションで、左前方から斜め後へKHと浦部がアスファルトの上を滑って行くのが見えた。
そう、特等席は事故のシーンもかぶりつきで、なぜかそれはいつもスローモーションだ。
「やってもた!」
長谷川は間一髪でうまくKH400を左に流してサイドをすり抜ける。RZは1車遅れていた分巻き込まれずにすんだ。猫田も視界から消えていく浦部とKH400をシールドの隅に捉えながらRZに続く。
すぐに直線で体勢を立て直して減速、猫田と長谷川はUターンして加速する。
コーナーに戻ると、KH400はガードレールに引っ掛かっているが、浦部の姿が見えない。
バイクを止めてガードレール越しに、コーナー外側をのぞき込む。
10mほどの斜面の下に、浦部が倒れている。どうやら斜面を滑り落ちて行ったようだ。
そこへ、遅れていた二人もやってくる。
猫田と長谷川は慌てて斜面を駆け下りる。
「浦部!」
「おぅ、なんとか生きてる・・・」
ヘルメットを脱ぎながら、浦部は情けなさそうに笑った。
見ると、左手首の辺りから出血している。
「血ぃ出てるやん。大丈夫か?」
「なんとかな。うまいことガードレールの隙間抜けたんで助かった。そやけど、その時左手をガードレールに引っかけてもたんや」
「そうか、立てるか?」
長谷川が肩を貸す。
「いててて・・・」
「アカンか?」
「足も捻ってるみたいや」
結局、二人で担いでなんとか斜面を上った。
「ほんなら、長谷川、いつもの単車屋のおっちゃんに電話して、単車取りに来てもらうように言うてくれるか。オレは、こいつ病院まで運んでくるわ」
「わかった」
なんとかタンデムシートに浦部を座らせ、猫田はVT250Fのエンジンをかける。
「大丈夫か? しっかり捕まっとけよ」
「うん。右手は大丈夫や」
「よっしゃ。ほな行くでぇ」
アクセル全開でぶっ飛んできた道を、猫田は浦部を乗せて慎重に戻っていく。
「大丈夫かぁ?」
「なんとかな」
「直ったらまた走りに来うな」
「そやな」
「お前がおらんかったら、長谷川がトップになるど」
「そや。そらアカンわ。やっぱりトップはオレや」
「うん。そやそや、お前が最速や」
「んー・・・なんか眠たなってきた」
「おい! 寝たらアカンど! そうや、KHまた塗り直しやなぁ。今度は赤にするかぁ? それか、いっそのことJPSで行くか?」
「ああ・・・」
コーナーをゆっくりとパスしながら、国道を上っていくVT250Fの向こうには、相変わらず青い海と空が水平線まで広がっていた。
やがてこの光景が、想い出という名のアルバムの1ページを飾り、それがセピア色に変わる頃、猫田は潮風を切って走るVT250Fの姿を懐かしく振り返る事になるのだが、その時は目の前のコーナーをいかに速く走り抜けるかが全てだったわけで、それが青春というものなのだろう。
1980年代の、とある秋の休日の事である。

おわり
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この物語はフィクションです。
実在する人物、団体等には一切関係ありません。

なお、バイクの仕様等、うろ覚えのとこもあって全部調べてウラを取ってるわけでもないので、間違ってるとこもあるかと思いますが、その辺りはご愛敬と言うことで。m(__)m

ということで、ついにネタ切れで(^^;;)、ちょっとおセンチになって、バイクで走ってた頃の事を思い出してみました。
猫がVT250Fに乗ったのは、会社に入ってからなので、本気でかっ飛んでたのはもう少し前、1970年代後半ですが、VT250Fを主役に持って来たので、若干年代を後にシフトしてます。
VT250Fの発売が、1982年やからね。

なので、バイクの車種も数年のひらきがあります。
KHと一緒に走ってた頃は、スズキのGT乗ってたな。
学生時代は金がなかったので、もちろんオンボロの中古車。

そういう意味で、フィクションではありますが、書いてる事はほとんど実話ってのは内緒。(^_^)

しかし・・・わからん人にはさっぱりわからん世界やろなぁ。(笑)
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コメント 8

あう

ケッチにサンパチ。
確実に僕らのお兄さん世代ですよねぇ。
RZ250Rとかガンマが出てくるとようやく僕らの世代と
言う感じです。

そう言う世界を未だに'88年の単車でやってる
中年って、やっぱり狂ってるような気がします・・・

はい、わてのことです。
どうもね、ヘルメット(モチロンスネル企画適合)かぶって
単車に跨って、排気音と吸気音を聞いて、排気ガスを
嗅ぐと、もうね、自然とスロットルが開いていくのですよ。
でね、2stだと、脳みそが置いていかれるGを感じて、
切っていく風を感じて、コーナーで横Gを感じると、もう
止まりません。

また余裕が出来たら単車に乗って下さい。
一緒にかぜになりましょう。(^o^)
by あう (2009-12-29 08:38) 

014けんづる 

うぅん。
青春の1ページで麩ねぇ。
づるはお金なくてバイクの免許取るの断念し魔知多。
泣けるほど勿体無いことしたなぁ。。。なんて思い魔麩。

でも、今でも青春だし。
これから色んなことはじめても遅く無いで麩世ね?
そう信じたい。
by 014けんづる  (2009-12-29 16:55) 

069 しょうた

いや~、ほんとに懐かすいですねぇ

私もお金が無くて、ついでに根性も無くて
中免をあきらめた口です。

当時はミッション付きの原付を、連れから借りまくって
道路わきの排水溝にはめたり、
ガードレールにkissさせて、
廃車にするお手伝いをしたりしてました。

極めつけは、高校の時に
中免を取った連れが乗ってきた
真っサラのCBX400Fで立ちごけして、
ブレーキレバーの先っちょをへし折ったのは、内緒です。
(その後、3年間口をきいてもらえなかった)


by 069 しょうた (2009-12-29 20:41) 

068 子鼠

シャラ、ラーラ、シャララ、ラーラ。。。
どこか遠くへ連れてってくれるかもしれない歌が響きました。よしこれからまた楽しんでいこうと。
よいお年を。
by 068 子鼠 (2009-12-29 21:32) 

ann

あうと猫は一回りちょい違うもんねぇ。

> そう言う世界を未だに'88年の単車でやってる
> 中年って、やっぱり狂ってるような気がします・・・

いや、金にもの言わせてハーレー乗ってるよりかっけーと思うでー。(^_^)

> でね、2stだと、脳みそが置いていかれるGを感じて、

RZ350でも相当なもんやったもんね。
ハンドルから手が離れそうになる。(笑)

> また余裕が出来たら単車に乗って下さい。
> 一緒にかぜになりましょう。(^o^)

エエねぇ。
でも、猫はオフは走れんからなぁ。(^^;;)
オンばっかし走ってたし。
ま、この年では、どこもそない走れんけど。(笑)


づる
死ぬまde青春だぜぇ!
まだまだ、人生折り返し地点。
あと半分あるから大丈夫。\(^_^)/


しょうたん
原付もね、ミッション付いてると楽しいね。(^_^)

> 真っサラのCBX400Fで立ちごけして、
> ブレーキレバーの先っちょをへし折ったのは、内緒です。
> (その後、3年間口をきいてもらえなかった)

あはは。乗り慣れんのに乗ると、あるよねそういうこと。
猫もドカにまたがってコケそうになったことある。(笑)


子鼠たん、読んでくれてありがとー。
楽しんでねー。
よいお年を。(^_^)/

by ann (2009-12-30 17:03) 

045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑)

'82 VT250F 白いのに乗ってました。瞬発力バツグンの加速力と利かないブレーキ(→高いスピードのままコーナーに進入せざるをえないw)のRZに対抗して、強力なブレーキと鋭い回頭性と旋回スピードの高さを武器に、クリッピングポイントを過ぎてアウトよりのラインをとるRZのインを突いて立ち上がっていくというシーンによくお目にかかったものです。

コワイ経験もしました。伊豆スカイラインだとか南伊豆のマーガレットラインの長い直線路では最高速を記録することができたりしましたが、そこから一気に減速、6→5→4速とシフトダウンしながらコーナーにそなえて腰からイン側へと体重をあずけていき、深いところで向きを変えつつアクセルオン!

そこで「ぶぉぉぉおおおん!!!」と突然エンジンが吹け上がったりするわけです。車速はそのままなのに。そこでは加速を開始して車体を前へと推し進める力がはたらくはずなのにエンジン空吹かし。

恐怖のギア抜け。初期型VT250Fの初期ロットにはよくみられたそうです。私もよく経験しました。

コンビネーションメーターの真ん中にグリーンのランプが点灯し、ギアがどこにも入っていないことを知らせます。こういうときには落ち着いてギアをかき上げシフトアップ。間違ってもシフトダウンしてはいけません。



'80年頃までの250ccっていうのは、400ccの車体はそのままにエンジン排気量をサイズダウンしたもので、重くて走らないものでした。ケッチもホークもみんなそう。

スズキRG250(これが400のおさがりでない初の250専用設計だったと思います)ってのをかわぎりに、その後、Z250FTとか、CB250RSとか、RZ250とかの250cc専用設計のものが続々とデビューし、VT250Fが登場したのだったかな?

その後、2スト250レーサーレプリカ全盛時代を迎えるわけですが、いい時代でしたね。今じゃあ2スト車なんて新車じゃ買えませんものね。見るからに空気汚しそうだし(笑)。

自分の数少ない二輪のキャリアのなかで、この1台!ってのをあげろと言われたら何を選ぶかなあ?

ヤマハRZ350Rかなあ、なんつっても『RZ無敵!』って感じの爆発的な加速力にシビレたもんなあ。クルクルパーな1台でした。

by 045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑) (2009-12-30 23:01) 

015 猫目

おぅ、ちさとんも乗ってたのか。(^^;;)
ギア抜けねぇ、あったねぇ、確かに。
コーナーで抜けるとコワイんよねぇ・・・。

RZ350Rはほんとに暴力的な加速やったね。(^_^)
スタイルもいかにもレーシーな無骨な感じやったしね。
by 015 猫目 (2009-12-31 11:46) 

023-QT

バイクの運転は経験なしですが、後ろになら乗ってました。
最初は怖くって、カーブで曲がる方と逆にカラダを傾けてました ハハ アブナいね。

新年、あけまして おめでとうございま〜す。
今年もヌコ文庫楽しませてもらいます、よろしくお願いしまっす。




by 023-QT (2010-01-01 00:48) 

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