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【リレー企画】テンカウント・リミット第四話 [図書室]

リンゴをウサギに切ると、通常「ごろん」と横倒しになってしまう。
お弁当のウサギが背の部分を上にできるのは、周りにおかずがあるからだ。

片桐はウサギの頭に当たる部分を少し大きめに切り取り、お盆の上にきちんと立つように形を整える。
八つのウサギをお盆の上に放射状に並べ終わると、顔を上げた。

「で、これは何の謎かけですか?」

「そんなことよりお芋をお食べください。おなかがすいているはずでしょう?」

確かに腹は減っているが…
今のところ「テンカウント・リミット」も働く様子が無い。安心して頂くことにしよう。

「いかがですか?」

「ええ、おっしゃる通り大変おいしいお芋ですね。焼き方も最高だ。」

「でしょ?土鍋に石を並べて、火にかけるの。家庭用即席石焼きイモね。」

「だからこんなにホクホクなんですね。久しぶりです、石焼きイモは。」

「そう、よかったわ。リンゴもどうぞ、かわいいウサギさんね。」

口調は柔らかいが、目の奥は笑っていない。まだ、緊張しているのか?それとも…。黒田家の三人もそれぞれ焼き芋やリンゴを口にした。どうやら変な薬の心配も無さそうだ。
すすめられるままに焼き芋を二つ、リンゴを三つも食べてしまった。ようやくおなかが落ち着いたところで話を本題に戻す。

「では、ご用件をお伺いしましょう。そもそも奥さまはどうやって私の番号を知ったのですか?」

俺は確かになんでも屋を営んでいるが、電話帳に番号を載せていない。客はすべて口コミで紹介される。この商売は信用第一だから、「信用」を求める客だけが俺の相手だ。
もちろんこの場合「仕事を確実にやり遂げる」ことと「中身を絶対に口外しない」ことの両方の「信用」という意味だ。

だから、紹介者の名前も言わず「温水器の修理」などという符丁を使うことは考えられない。
「温水器の修理」は「危険度が高い、場合によっては生命レベルの危険が伴う」という意味だ。それはそうだろう、いくら何でも屋とはいえ、温水器の修理は普通ならメーカーやガス会社が行うものだ。

黒田一家についても、一通りのことは調査済みだ。「テンカウント・リミット」があるとはいえ、最低限の調査は自分の身を守るためには必要なことだからだ。

すると、奥さんに代わって黒田氏が口を開いた。
「用件も言わず試すような真似をして、済みませんでした。それもこれも、妻の力を片桐さんに信じてもらうためでした。」
「なぜあなたが身を隠した先に息子がいたと思われますか?すべて妻の指示です。」

…そうか、「テンカウント・リミット」が作動したにもかかわらず後ろを取られた。不思議に思っていたが、奥さんの指示によるもので、こちらを害する気が無いとすれば、それもうなずける。
しかし、何かおかしい。何かを見落としている。そんな奇妙な感覚がどうしても消えない。

「話を元に戻しましょう。私の会社はご存じの通り精密加工技術、及び制御パッケージを提供しています。」
「おかげさまで会社は、この不況の中でも順調に成長しています。」

確かに、黒田精密加工(株)はこの不況下でも高い株価を維持している。それもこれも、彼らが保有する技術レベルが高いことの証明だ。
しかし、それだけではない。

「どうやらご存じのようですね。そうです、我々の持つ技術は容易に軍事技術に転用が可能です。したがって、社内のセキュリティは軍事レベルに設定しています。」
「ところが、最近社内のシステムに外部からアクセスしようとしている形跡が見つかりました。簡単にいえばハッキングです。」

「姿を消した社員というのも、その関係ですか?」

「ええ、彼はセキュリティシステムを担当していました。私たちは、ハッキングと今回の失踪が関連していると疑いをもっています。」

「では、ご依頼というのはその関連を調査してほしいということでしょうか?」

「いえ、違います。」

「違う?」

「ずばり言います。片桐さんに手を引いてほしいのです。そのためには手段を選びません。もちろんお金で方がつくのであれば、必要な額をおっしゃって下さい。できる限りのことはさせていただきます。」

これは驚いた。こいつら、どこまで知っているのか?ここで対応を誤るわけにはいかない。
「テンカウント・リミット」が発動していないからとりあえず危険はないのだろうが、すぐ動きだせるように椅子に座りなおした。

「何をおっしゃっているか、よくわかりませんね。ただ、私のことを知っておられるのであれば、私が「信用第一」であることはお分かりいただけるかと思います。」
「したがって、黒田さん、あなたの申し出には何もお答えすることはできませんね。」

「仕事柄、私も日のあたる部分だけを知っているわけではありません。妻にあなたの電話番号を聞いてから、私なりに調査を済ませています。」
「あなたは、調査結果通りの方でした。最初から交渉の余地が無いだろうとは思っていましたが…。しかたありません、あきらめましょう。」

俺は、お茶を飲み干し、席を立った。
「黒田さん、ありがとうございました。有意義な時間を過ごさせていただきました。お力になれず、申し訳ありません。」
「奥様、また、機会があれば焼き芋をごちそうして下さい。では。」

背中にビリビリとした緊張を感じながら玄関に向かう。黒田家の三人が後ろに従っている。
かなり疲れた様子の奥さんを支えるようにして息子が玄関で引き返し、黒田氏のみが玄関の外に出てきた。

「残念です、片桐さん。」

「いえ、ありがとうございました。何かあれば、何時でもご用命ください。」

彼の差し出した手を握り返し、別れのあいさつを終えた。
振りかえると、すぐそこに止めておいたはずのアバルトが無くなっている。

その瞬間「テンカウント・リミット」が発動した。両脇の植え込みから飛び出してくる男たちに、取り押さえられるイメージ。

とっさに前に転がろうとするが、体が動かない。

黒服の男たちに羽交い絞めにされた俺に、黒田氏が話しかける。

「警告はしたはずです。妻の力も説明さし上げました。まあ、範囲は限られているようですがね。」
「片桐さんにこの仕事を依頼した男は、すでにこちら側で身柄を押さえさせていただきました。」

その瞬間、すべてを理解した。

黒のセルシオを追いかけていたのは、なぜ覆面パトカーだったのか。
事故を最も近くで目撃していた俺が、なぜ連絡先を聞いただけで解放されたのか。

そして、なぜ俺の「テンカウント・リミット」が発動しなかったのか。
信じがたいことだが、彼女の力に抑え込まれていたのだ。

玄関に迎えに出た黒田氏には、殺意とは言わないまでも「覚悟」があった。だから「テンカウント・リミット」が発動した。
しかし、右側によけた瞬間奥さんのフィールドに飛び込んでしまったのだ。息子の行動に発動しなかったのはそのせいだ。

おそらくあの時、奥さんは廊下の右側にある客間にいたのだろう。そして、範囲を確認した奥さんはその後私の目の前から動くことはなかった。
焼き芋やリンゴを取りに行ったのもすべて息子だった。
リンゴを切らせたのも手元に意識を集中させ、俺の思考を中断させるためのものだったのか…

「私の会社の技術は、防衛省や米軍にとって無くてはならない技術なのです。それが漏れるのを防ぐためには、彼らは最大限の協力をしてくれることになっています。」
「先程の焼き芋とリンゴもそうです。単独であれば全く影響のない薬ですが、二つを混ぜた瞬間に体の自由を奪う薬になるそうです。こちらは専門外なのでよくわかりませんが…」
「まあ、ある程度量が必要なので、果物ナイフでは小さすぎたようですが。」

そうか、だからわざわざ包丁で切らせたというわけか。二つ目の薬は包丁に塗ってあったということだ。

力の入らない足を、なんとか踏ん張ろうとする。
しかし、しびれは段々と上に登ってくる。もう、腰から下の感覚が無い。

「あなたの身柄がどうなるか、私は知りませんし、知りたくありません。先程のお願いは、お互いにとって最後の選択だったのです。では、今度こそ失礼します。」

能力を過信しすぎたか…、後悔の念が頭をよぎる。
この力がある限り、負けることはないと思い込んでいた。
自分より力の強い存在など、思いもよらなかった。

薄れゆく意識の中、最後のテンカウントが聞こえた気がした。


【リレー企画】「テンカウント・リミット」・了

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by TH
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022 koge

スタンディングオベーションでブラボーを4人の作者の皆様に贈ります。

見事な起承転結でした。

次回はリレーの順番を変えた作品を是非、読ませていただきたいです。
by 022 koge (2009-12-03 06:37) 

A.U.

やきいもとうさぎちゃんがこうなるとは・・・
なるほど、THさんが締めくくりだったんですねぇ。
これは凄い企画でした!

次回も楽しみにしてます!!!
by A.U. (2009-12-03 08:27) 

023-QT

あっヤバいというぐらい心臓バクバクでした。
えー終わっちゃったのですね。
さあ片桐この窮地をどう乗り切る?
と思ったら、「了」。
個人的に続編希望です!!!片桐ラブQより。

皆様ありがとうございました。




by 023-QT (2009-12-03 08:37) 

030 ダルコ

うわー、終わっちゃうのもったいないです…
ハラハラドキドキな展開でもっと読みたかったー!!

リレー企画、ほんとに素晴らしかったです。
楽しませてくださった作者の皆さんありがとう。
…種明かしなあとがきはあるのかな?
by 030 ダルコ (2009-12-03 20:58) 

026 Old Y

最早賞賛の言葉が見つかりません!
みなさん、すご~いとしか。。。

ひとつの物語を複数の人が紡ぐ
しかも、尾も白い(ぇ

これ書籍化したら某校長のなんとかって本より売れる。。。
あ、これ内緒ですよ!
イジケられると後が厄介---------ピー。消去されました(爆


by 026 Old Y (2009-12-03 22:23) 

074 わからん

片桐は何をやっていて狙われたのか、謎だ。
アバルトもどうなってしまうのか。
by 074 わからん (2009-12-04 02:22) 

たさ

終わっちゃった!?
楽しかったのにぃ。
また次の企画があるんですよね?
期待期待
先ずは、今回のリレー無事完了お疲れさまでした。
by たさ (2009-12-04 20:04) 

032_oyasan@まおたん

ここで いわゆるTHE END ですか。

さらば 片桐
またいつか会おう。
by 032_oyasan@まおたん (2009-12-06 19:27) 

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