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【リレー企画】「テンカウント・リミット」 第三話 [図書室]

「片桐さん……」

それまで黙って向かい側の席に腰掛けていた黒田の妻が口を開いた。彼女の夫とその息子、そして片桐の三人の男たちは彼女に注目し、彼女の次の言葉を待った。緊張が走る。

 片桐は、彼女と彼女の隣に座っている黒田の二人を交互に見やり、顔を振って背後に立つ息子の位置を確かめ、目だけを彼女と彼女の夫に向けた。彼女は片桐の視線が自分に戻ってくるのを待っていたかのように、ひとつ息をしてから話し始めた。ゆったりとした、落ち着いたトーンの、柔らかな声ではあったが、はっきりとした口調で。

「おイモは、お好き?」
「は?……」 思わず向き直った。
「ええ、おイモ。……お好きかしら?」
「イモって?……あ、あの……」 意表をつかれた。
「サツマイモよ。このへんは、美味しいおイモが採れるのよ。」
「このへん?……え、ええと……」
「そうよ。この子が小さい頃、毎年、秋になると近所の農家のご厚意でイモ掘りをしたものよ。」

黒田と黒田の息子がうなずく。

「そろそろ焼けるころかしら。ちょっと見てきてくれる?」

イモの焼け具合を確かめるように息子に告げて、視線を片桐に戻すと彼女は話をつづけた。

「大きくて、甘いのよ。すごく。」
「へええ、焼きイモですか。」
「そう。ホクホクでね。美味しいんだから。」

 この家の三人は、どうやら危険ではないらしい。片桐の緊張は少しだけ弛んだ。と同時に室内を見回す余裕ができた。レースの白いカーテン越しに、窓の外を吹きぬけていく木枯らしが巻き上げた枯葉が身を翻しながら、室内の灯りを受けて四角く切り取られた暗闇を横切るのが一瞬見えた。

 息子が焼きたての大きなイモを四つ、お盆にのせて戻ってきた。皮の焦げる香ばしい臭いがした。そういえば腹が減っていたことを片桐は思い出していた。すぐに片付けられる簡単な仕事だと思っていたのでコーヒーを一杯飲んだけで、その前に口にいれた食べ物らしいものといえば、昼に食べた牛丼だけだ(それも「並」だ。3杯食べたら1杯無料で食べられる、その無料の1杯だ。どうせなら得大盛にしておけばよかった。それだけじゃない。生卵と味噌汁とお新香とサラダもつけておけば…)。それもこれも、依頼の打ち合わせなど、すぐに済ませられると思っていたからだ。

 ところがどうだ。打ち合わせするはずだったのが、なんだかよくわからないことになっている。頭がイカレた婆さん(と呼ぶにはまだまだ年齢がいってないのだが、この際、そんなことにはイチイチかまっていられない気分だったのだ)と、その夫、そして息子の三人の意図が全く見えない。例の能力「テンカウント・リミット」も全く発動していない。発動する気配すらない。

「テンカウント・リミット」が全く発動していない?

…てことは、なにか? 危険ではないということで、ここは安心していていいんだな? なあんだそうか…。オッケー、オッケー。じゃ、のんびりさせてもらいましょう。腹も減ったし、美味そうな焼きイモにもありつけそうだし。嫌いじゃないんだよね、焼きイモって。甘々ホクホクの焼きイモ。ハフハフいいながら食べるのってサイコーじゃん。

「おイモを食べる前に、お願いしたいことがあります。」
「はい?」
「リンゴを剥いていただきたいのです。」
「リンゴ?」

イモを食う前にリンゴ剥け? どーゆーこと? なんなの、この黒田一家って……。

「ただ剥くだけではありません。ウサギさんに剥いていただきたいのです。」
「ウ、ウサギさんっ?」

頭の中を、手をつないで歩くウサギたちの姿がぐるぐる回っていた。みんな笑顔のウサギたち。バニーガールじゃなくて、白い毛皮で覆われたウサギたちのダンス。二本足で立ち、輪になって踊るウサギたち。赤い目でこっちにウィンクしやがったウサギたち。

らん♪らん♪らん♪…って、さくらも○こじゃねーっつーんだよ。

「ただ、ひとつ条件があります。」
「ウサギのリンゴに条件なんてあるんすか?」

もはや気分は半分以上なげやりになっている。

「ええ、ひとつのリンゴを8等分して、それぞれウサギさんに剥いていただきたいのですが、困ったことに、ウチには、まな板がありません。」
「なあんだ、そんなことですか。大丈夫です。慣れてますから。」
「本当に、お願いしてもよろしいのですか?」
「おまかせください。リンゴを切るくらい、なんてことありませんよ。」

片桐は、「もう、どーにでもなーれ♪」な気分になっていた。リンゴを切るくらい、ウサギに剥くくらい、どーってことないぜ。何をビビることがあるというのだ?

「それでは、こちらに置きます。」

真っ赤な、大粒のリンゴと、包丁(いわゆる三徳包丁とよばれる、一般的な家庭なら、どの家庭にもある刃渡り20センチ内外のアレ)をのせたお盆が運ばれてきた。

包丁? ナイフじゃなくて? ちょっと大ぶりの包丁ですか? リンゴを切るのに? ちょっと大げさじゃありませんか?

「テーブルには傷をつけないようにお願いしますね。」

え?……てことは、手に持ったまま切れということ?…と顔を上げると、黒田家の三人はにこやかな笑顔のまま無言で頷いた。

 よし。と片桐は左手にリンゴを持ち、右手に持った包丁の刃を、リンゴの経線に沿って慎重に押しあて、中心めがけて切り込んでいった。右手の包丁はなるべく固定したまま、リンゴの実を包丁の刃に押し付けるようにして、外周部から中心の芯を目がけて刃を入れていく。甘酸っぱいリンゴの香りが鼻腔をくすぐる。よく研がれている包丁だ。素直に刃が進んでいく。軽い手ごたえがあった。刃が芯に届いたのだ。

 いったん、そこで包丁をリンゴの実から抜き出す。完全に真っ二つにはしないで、中心まで一本切れ目を入れたところで止め、今度は、今入れたばかりの切れ目に対し、直角に交差するような角度で、再び外周部から中心へ目がけて慎重に包丁の刃を入れる。包丁の刃がリンゴの芯に届いた。石を切り出すようにして、4分の1に切り取られたリンゴの実がすべるようにして、その本体から離れた。

 ふぅぅ……。一つため息をついた。4分の1に切り取った実を、今度は縦に半分、つまり8分の1に切らねばならない。狙いをつけて刃を入れる。力を入れすぎてはならない。勢いをつけ過ぎると、リンゴの実を押さえて持っている自分の左手を傷つけてしまいかねないからだ。ここは慎重にも慎重を期さねば。

 するすると包丁の刃は進み、皮一枚を残したところまで切り進んで一旦力を抜いた。このまま押し切ると指まで切ってしまう。向こう側の皮に刃が最後の髪の毛一本分残して到達したことを確認した片桐は、包丁の刃先の、まさに切れている部分を支点にして、わずかに刃を傾けるように力を加えた。

 サクッ…と聞こえるか聞こえないかくらいの微かな音をたて、4分の1の大きさだったリンゴは8分の1に切り分けられて、片桐の左の手のひらに、コロンと身を開いて収まっていた。


第四話につづく

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by ちさと
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コメント 7

030 ダルコ

ストーリーを楽しむのはもちろん、誰が書いているでしょうクイズも楽しめて、すごい企画ですね。
今回は正解しちゃいましたよー♪
焼き芋にリンゴ…これから一体どうなるんだろう??
by 030 ダルコ (2009-12-01 07:02) 

061 CSの語り

あー!ちさとんしゃん書いてはるやんけ(笑)

前回づるたんで、意表をつき、今回ちさとんしゃん。
ん?THさんが締めくくり?
リレーって、こういうことだったのね(笑)

ストーリーも気になるけど、次は誰が書くのも気になる♪
by 061 CSの語り (2009-12-01 07:50) 

あう

な、なんでリンゴ???
ど、ど、どーしてハードボイルドが茹でた芋・・・
ぢゃなくて焼きいも・・・
確かに、今回はタッチでちさにいさんと分かりました。
この後引き継ぐ人、このストーリーからどのように・・・

さぁ、次は誰なんでしょうねぇ。
by あう (2009-12-01 08:38) 

たさ

あら、コメント見て知った。アンチャンちゃうやん。
確に書き方違うなぁとは思ってたけど。そういう事だったんだぁ
ギャグも、予測不能な展開も、なかなか白犬(フルッ!)だす。
でも、ちさとん引っ張り過ぎ(^_^;)
たさ
by たさ (2009-12-01 16:01) 

チキンヘッド


あぅあぅwww人 妻のセク-ス激しすぎるwwwww
騎乗居でおれのチ○ポの上をカエルみたいにぴょんぴょん飛び跳ねてたしwwwww
勢いよく入れたら子宮の奥にチ○ポ当たって「ちょー気持ちいい♪」だってさwwww

つかそんな激しいプレイされたらチ○ポ1分も我慢できないっての!!!!www
気が付いたら何度も中にどぷどぷ出しちまったよwwwwww(ノ∀`)アチャー

http://Same.KoreiKura.net/c3ddv6x/
by チキンヘッド (2009-12-01 19:42) 

074 わからん

ジーパン殉職です。鶏頭くんもね。
by 074 わからん (2009-12-01 20:17) 

032_oyasan@まおたん

ちきんだ・・・。

って、ちゃうちゃう。
今回はちさとんですか?
もぉ、ほんと 誰が登場してくるんだろ。

ストーリーはリンゴのウサギですねぇ
うさぎ・・・。作れません><
なんかねぇ、うまくいかないのだ。
by 032_oyasan@まおたん (2009-12-01 23:32) 

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