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【リレー企画】 「テンカウント・リミット」第一話 [図書室]

小粒ではあるがレーシーな外装をまとったフィアット500アバルトが、暮れも押し詰まって混雑した12月の夕暮れの街を、ゆっくりと走っていた。
街中は、あちこちでクリスマスソングが流れ、イルミネーションが輝いている。
ホワイトボディにお決まりのレッドライン、フロントノーズには、これまたお決まりのサソリがその存在感をアピールしている。
そのアバルトのハンドルを握っているのは、片桐千里、32才、ガッチリした体格に、彫りの深い落ち着いた顔はなかなかの男前で、ちょっと物憂げな雰囲気を漂わせた渋い男である。
これで、探偵事務所でも開いていると小説の主人公にぴったりなのだが、残念な事に、彼の場合はそういうハードボイルドな職業ではない。
片桐がやっていてるのは、俗に言う「何でも屋」というやつで、部屋の掃除、留守番、猫の世話から調べ物まで、何でも引き受ける。
犬猫に限らず動物は何でもOKで、嫌いな食べ物もなく、お客様のニーズに合わせて臨機応変、何でもこなす。
ただ、唯一苦手なものがある。
ゴキブリだ。
これだけはどうにもならない。ヤクザに絡まれても切り抜ける自信はあるが、ゴキブリには全面降伏、不戦敗である。


片桐は今、電話で受けた依頼の打ち合わせをするために、郊外にある依頼主のところへ向かう途中だった。
信号待ちをしていると、片桐の頭の中に突然、フラッシュバックのようにある光景が流れ込んできた。
交差点だ。ツリーにイルミネーションが輝いている。黒塗りの大きな車が、青信号で動き始めた車の流れに突っ込んでくる。
片桐は慌てて交差点を見渡す。斜め向かいの交差点にあるケーキ屋の店先に、イルミネーションのついたクリスマスツリーを見つけた。
「あれか! あと5秒・・・間に合わない・・・」
そこで、前の信号が青になった。
片桐の渋い顔がさらに渋くなる。
片桐はあきらめて対向車線を見る。信号が青になったため、対向車線の先頭車が動き出す。
逆に、こちらの車線では、信号が青になったのに動き出さない片桐のアバルトに向けて、後続車がクラクションを鳴らす。
「パッパー!」
その瞬間だった。交差している道路の右側から、クラクションを鳴らしながら、もの凄い勢いで黒いセルシオが突っ込んできた。
「ガシャーン!!」
交差点を渡り始めていた先頭の軽自動車の左フェンダーを蹴散らして、蛇行しながら片桐の前を通過していく。
ヘッドライトの破片が交差点に飛び散って、パラパラと落ちてくる。
鼻先を蹴っ飛ばされた軽自動車は、くるりと一回転して交差点の真ん中に止まった。
左フロントは吹っ飛んでいるが、キャビンは大丈夫のようだ。エアバッグも開いている。
幸い歩行者はクラクションの音に気づいて避けたようで、被害はその軽自動車1台だけのようだ。
そこへ覆面パトカーがサイレンを鳴らしながらやってきた。
どうやら今のセルシオを追跡していたらしい。しかし、交差点がこの状態では、もう追跡はあきらめて事故処理にあたらなければならないだろう。


救急車がかけつけ、軽自動車の運転手を乗せて去っていくのを見届けた警官が、ようやく交差点の整理を始めた。
片桐は、約束の時間を気にして時計を見た。少し早めに出てきたので、もう少しは大丈夫のようだ。
そこへ、警官が近づいてくる。
仕方がないので、片桐はサイドウィンドウを降ろした。
警官がにこやかに頭を下げながら尋ねる。
「すみません。事故があった時、ここに止まってたんですよね?」
「はい。止まってました」
「事故の瞬間を見ましたか?」
「はい」
「では、すみませんが、一応住所氏名と連絡先を教えて頂けませんか。後ほど事故の状況確認をさせて頂くかもしれませんので・・・」
連絡先を警官に告げて、片桐は交差点を後にした。
「とりあえず、最小限の被害で収まったな・・・」
片桐は呟きながらほっと一息ついた。
非常に限定され、かつ全てがわかるわけではないが、片桐にはある種の予知能力のようなものがある。
自分の身に関わることで、特に自身に危険が及ぶ事について、事前にその光景が頭に浮かぶのだ。
ただし、困った事に、それは1秒ほどの間にフラッシュのように瞬く断片的な映像でしかないのと、片桐の頭に何かが浮かんでからそれが起こるまでに、きっかり10秒しかない。
つまりは、10秒間で何か対処をしないと、結局は何もしないのと同じになってしまう。
そのため、先ほどの事故のように、とりあえず自分の身は守れるが、事故までは防げない事が多い。
何にしても、直近の災難は避けられるが、それ以外に特に何かに役立つわけでもない。
片桐は、これを「テンカウント・リミット」と呼んでいる。
おかげで物心ついてから、緊急の決断は、10秒以内に行わなければならないという癖だけはついている。
そんなわけで、このプチ予知能力はこれまで幾度となく片桐を助けてきた。
先ほどのセルシオは何をやったんだろうと考えているうちに、依頼主のところに到着した。


依頼主の家は郊外の二階建てで、大きな庭とシャッター付きの車庫がついている豪邸だ。
しかし、都会の高級住宅のように高い塀に囲まれているわけではなく、一応門柱は立っているが、植え込みの間を縫って石畳風の車の通れる道が玄関先まで続いている。
片桐は、それに従って玄関脇までアバルトで乗り付けた。
玄関の呼び鈴を押した瞬間、またも「テンカウント・リミット」が発動した。
部屋の中に女が一人、男が二人いる。男の一人は手に、ナイフか包丁のようなものを持っているようだ。その刃物を持った男が、玄関に近づいてきてドアを開ける。その後の成り行きはわからないが、話がこじれでもしたのか、片岡が何かまずいことを口走るのか、刃物で襲われるようだ。
考えている暇はない、残り数秒だ。
片桐は、とりあえず玄関の左手にある掃き出し窓を避けて、一戸建ての右側に走り込み、温水器の裏側に隠れた。
次の瞬間、「ガチャリ」とドアが開いて、しばらくすると、
「おかしいな。誰もいないな」
と、声が聞こえる。
男は玄関周りを見回しているようだが、やがて諦めたのか、ドアの閉まる音がした。
「ふー・・・危ない危ない・・・何なんだ、この家は?」
温水器の陰で額に吹き出した汗をぬぐった途端、後で低い声がして背中に硬いものを感じた。
「動くな。静かにしろ」


第二話につづく

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by 猫目
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コメント 7

たさ

ヌコ文庫とTHノベルズの合体!
いよいよ開始ですね。次に繋る終らせ方は見事!
と、いうことは1話毎の楽しみよりも、繋った全体の物語を楽しむ…と。今でも完読難しいのに、寝る間を惜しまねば、ですね
ジョークを入れる役はどちらの書き手か、さぁはったはった。と、余分な愛の手を入れるテスト。
たさ
by たさ (2009-11-24 08:24) 

A.U.

おおっ!
始まりはTHさんかとおもいきや!

ということは、次回バトンタッチで、と言うことですね。
たのしみにしてまーっす。
by A.U. (2009-11-24 08:30) 

023-QT

しょっぱなからドキドキさせてくれましたね。
うさんくさい(ごめん)何でも屋の不思議な能力者の片桐君、けっこう好きな主人公かも。

続きは木曜日っと。

by 023-QT (2009-11-24 11:16) 

032_oyasan@まおたん

すごい すごい。
最初から引きつけられますねぇ。

どこまで設定の打ち合わせをしてあるのか
それが分からないだけに、余計おもしろいですぅ。
次回も期待♪ わくわく わくわく

ちなみに、10秒で何て決断できない。
優柔不断なわたくし。AB型のせいではないと思うんだけど どうかなぁ?
by 032_oyasan@まおたん (2009-11-24 23:13) 

026 Old Y

お!主人公はちさ○ん?

あは!ここではそんな邪推は粋ではないですね。。。
ゴキブリが嫌いってのが引っかかるが(そこ

こんな面白いいや白犬(なんだかとっても懐かしいが)な展開。
校長先生の出る幕はあるのか(汗&笑

予想をどう裏切ってくれるのか楽しみです(まて


by 026 Old Y (2009-11-25 00:49) 

045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑)

おるでぃさん

そーなんです。今回は、この私が大暴れします。
…ってなわけありませんよ(笑)。

名前は似ていますが、キャラは全然かぶっていません。
自分がこんなふうにカッコよければ嬉しいんですけどね。

にしても、今後の展開から目が離せませんね。

by 045 ch-k ってゆーかC★ちさとでーっす(笑) (2009-11-25 09:00) 

074 わからん

おーっ、尾も白い。硬いものとは何だろう。
わくわくしますな。

ところで三秒ルールにもフラッシュバック的な
感覚があるけど、
「今ならあのバイ菌は間に合わない。」て、いう憶測映像。
全然違うな、これ。
by 074 わからん (2009-11-25 23:57) 

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